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【ダイジェスト版】中学の頃から考え続けた自分のキャリア。いつでも「やりたい」と思ったことを選択できる自分自身でいることを目標に、0から1を生み出すことに奮闘するマーケッター。

峰松加奈さん 20代 マーケッター兼広報
木村石鹸工業株式会社

仕事に満足していない大人を見て育ち、中学時代から将来のキャリアについて考えていた峰松さん。外資系の大手企業であるユニリーバと、創業100年近い歴史を持つ老舗の石鹸屋という両極端の世界を経験し、自分の人生への向き合い方が変わったと語っています。そんな峰松さんのキャリアストーリーに迫ります。

「つまらない大人になりたくない」と常に自分の将来を案じていた
外資系企業で過ごした充実の2年間

「将来のキャリアに繋がる価値のあることなのか?」ということを中学時代から自問し続け、留学やアルバイトなど、全て自身のキャリアにつながるような選択をしてきた峰松さん。自分の性格的に「日系の大きい会社でコツコツ働く」ということに向いていないと判断し、そして「マーケティングを学びたい」と思っていたため、外資企業であるユニリーバ・ジャパン株式会社に入社。

1年目からプロジェクトに関わり、有名ブランド『Dove(ダヴ)』を担当。常に半年後~2年後の動きを考えながら新商品開発のための市場調査や販売促進活動をしていたそう。外資系企業のため、新商品開発の際は海外本社のプロジェクトメンバーとやりとりをすることもあったと話しています。その他にもCM企画や雑誌のタイアップなど、プロモーションのプランニングもおこなっていて、業務量は相当なものだったそうですが、タスクをどう捌いていくかという部分では鍛えられたという。

入社から2年、仕事も楽しく充実していましたが、「小さい組織で働いて自分の力を試してみたい」という気持ちが芽生え、次のキャリアを模索し始めたそう。ユニリーバはある程度のビジネスのベースがあり、100を101にする仕事だったので、自分を試すためにもビジネスのベースがない小さな組織にチャレンジしようと思ったと話しています。そこで偶然見つけたのが、現職の木村石鹸工業株式会社でした。

自分への挑戦
歴史ある会社に新しいものをもたらす存在へ

木村石鹸工業株式会社で募集していたのはWEBデザイナー職だったそうですが、「大阪×石鹸屋×WEBデザイナー」という組み合わせが面白いと感じ、話を聞きに行ったといいます。IT企業を20年経営した後、実家を継いだという副社長と話し、インターンでベンチャー畑を経験していた峰松さんとは思いの丈も通じるものがあったそう。会社自体は100年近い歴史があるが、新しい分野へのビジネスを考えており、0を1にするビジネスモデルだと聞き、さらに面白そうだと感じたと話しています。また、前職で取り扱っていたプロダクトに近い『石鹸』というリアルプロダクトを扱うので、これまでの経験も活かすことができると考え、東京を離れて大阪にある木村石鹸工業への入社を決意。

最初は何もない状況だったので「自分で仕事を作っていく」という意識を大切にして動いていたと話しています。何を決めるにも会議が必要だった前職とは違い、副社長と上司に話して5秒で次の動きが決まる環境で、前職で学んだ「どうしたら拡散され、お客様に知ってもらい、喜んでもらえるか」を考えながら、商品開発などに取り組んでいる。前職では仕事の効率化を重視し、企画の進め方にも違いがあったそうですが、今はミーティングを延長してでも企画や商品に関する議論をするので、色々な仕事の仕方があることを理解しつつ、会社の方向性に合わせていけるよう努めているそうです。

やりたいと思った選択肢を選べる自分になる

現在は自社商品の企画に関わり、OEM商品以外の売上を伸ばせるように尽力しているそう。峰松さんが抜けたら進まない部分も多く、組織として弱い部分はまだあるので、売上規模の拡大や新しいビジネスモデルの確立と共に、会社の整備もおこなっていきたいと語っています。

中学時代から自身のキャリアについて考えてきたが、ユニリーバと木村石鹸工業での仕事を経験したことで考えに変化があったといいます。将来経験するであろう女性としてのライフイベントに関しても、分からないことに対してネガティブに思い悩むのではなく、いつも自分が納得して選択をしていけるように、今の瞬間に全力で向き合うべきだと考えていると語っています。

「キャリアが最も重要」と考えて進んでいたが、今はもっと気楽に捉えて「その時やりたいと思うことに全力で取り組む」というモットーに変わり、普段から自分を信じて頑張っていれば、仕事を選んだり、何かを選択しなければいけなくなった時に、何にも制限されずに選択できると信じ、日々過ごしているそう。

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