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家族に、仕事に…「女性は欲張りに生きることができる」ことを世の中に示したい。ウエディング業界で活躍する2児の母。

飯島 菜穂さん 30代 人事本部人材開発部マネージャー
株式会社ノバレーゼ


大学卒業後、外資系製薬会社にMR(医師や薬剤師へのプロモーション)として入社し、2年半就業。課の中で1位の成績を収める。その後、株式会社ノバレーゼ入社。ウエディングプランナーとして就業し、第一児出産を機に退職。2009年にフレックスキャリアという勤務体系で、株式会社ノバレーゼに再就職する。その後ギフト部門(引出物)立ち上げの経験を経て、人材開発部へ異動。2016年1月からマネージャーに就任。

『人を幸せにしたい』という気持ちで製薬会社へ就職。思い描いていた理想の仕事と現実とのギャップに悪戦苦闘する日々

―ご出産を機に一度退職され、その後復職。現在は子育てをしながら管理職を務め、会社を引っ張っていく存在である飯島さんのお話をお伺いできることを、楽しみにしておりました! 本日はよろしくお願い致します!
それでは早速ですが、今までのキャリアについてお伺いできますか?

飯島:大学の就職活動時は「人を幸せにしたい」ということを軸に仕事を探しており、人間の幸せの根源である「健康」というところから、外資系製薬会社に就職することに決めました。

入社して初めての配属先は、岩手県。遠方への配属に戸惑いながらも、なかなか新人では任されない大学病院を担当することになり、気持ちは高揚していました。また、北関東エリアでは初めてとなる女性メンバーの配属だったため、自分に対して会社が期待してくれていることがすごくモチベーションになったことを覚えています。「やってやるぞ!」という想いで、見知らぬ土地にMRとして舞い降りたわけです。

そして、1年目の業績は上々。会社にも認められ、ルーキー(新人賞)に選ばれるなど、MRとしてのキャリアは幸先好調だったんです。ただ一方で、入社当初から思い描いていたMRのイメージと現実とのギャップを感じ始めたのは、ちょうどこの頃からでした。入社して半年くらいした時に、「私はもともと患者さんのためになりたいと思って製薬会社に入社したのに、実際はドクターと話すことがメインで直接患者さんとお話しする機会はほとんどない。

また、先生の方針によっては自分の理想とする提案ができないことも多く、私の介在意義ってあるのかな。」と思い始めました。そんな少しのもやもやがだんだん悩みに変わりはじめ、悶々とした日々を送るようになったのです。

5年後、10年後、自分が輝いて働けるイメージが持てないことが、キャリアチェンジをするきっかけに

―確かに新卒の頃は社会人経験がないので、思い悩むことも多々ありますよね。大きな夢を持って入社するケースが多いこともあり、現実とのギャップに苦しめられるというのは新人の頃に経験する気がします。

飯島:まさに、現実とのギャップに苦しめられた感じです。一人で煮詰まっていても仕方ないと思って、MRの先輩方にも『どういったことがやりがいになっているのか』を聞いてみたりしました。

そうすると、「仕事も大切だけど、その分休みを充実させて、思いっきり楽しめばいいんじゃないか」と。“仕事”と割り切って働かれている方が多く、自分が求めていた回答ではなかったんです。『1週間の中で5日間が仕事。その5日を仕事と割り切って耐えながら過ごし、休日の2日間は思いっきり楽しんでリフレッシュする』…私にはその考えが全くしっくりこなかったんですよね。『1週間の中で5日間を仕事で楽しみながら過ごし、残り2日間の休日はプレイベートで楽しむ。』

合計7日間ハッピーに過ごした方がいい』。そんなことを思い始めた時に、「5年後、10年後、私はこの仕事を通して、輝きながら働いているのか?」そして、「この仕事をするのは私でなくてもいいのではないか?」と疑問に思い始めたことで、転職する決断をしたんです。

話す

初めて手に取った『ゼクシィ』がきっかけで、ブライダル業界に興味を持つようになる

―確かに、1週間のうち5日間に不満を持ちながら仕事をするのは、非常に気が重たいですね。その後の転職活動はどのようにされたんですか?

飯島:私自身が結婚することになり、『ゼクシィ』を初めて手に取り読んだことがきっかけで、ブライダル業界に興味を持ちました。そこには今まで見たことのないような素敵な世界が広がっていて、華やかで美しい結婚式の舞台にとても惹かれました。今まで縁も興味も全くなかった業界だったのに、「こういうところで働いている人もいるんだ」と、すごく惹かれている自分に気が付きました。その後ウエディングプランナーについての本を読んだり、ブライダル業界で働いている友人に話を聞きに行ったりして、情報収集をしました。

この仕事こそ、自分がやりがいを持って働けると思った出来事

―全く興味がなかった業界に、一冊の雑誌との出会いが飯島さんの気持ちを変えるというのは、すごい影響力ですね。
ご友人からも情報収集されたことで、ウエディングプランナーとしてキャリアを築いていくご決断をされたのでしょうか?

飯島:ブライダル業界で働きたいと思った決定的な出来事があったんです。自分が式を挙げることになって、いろんな式場を見学していた時のことです。見学会に行く前は、雑誌で式場の雰囲気などを見ていたため、自分好みの式場というのは行く前から目星をつけていました。ただ、一生に一度の大切な式ということもあり、様々な式場を見学して回っていたんです。

見学に行く前は、式場の決め手となるのは、式場の雰囲気、プラン…などの、いわゆるハード面だと思っていたんですが、いざ1つの式場に絞る時に決め手になったのは、案内してくださったウエディングプランナーさんの人柄や提案、仕事へのスタンスなど、いわゆるソフト面だったのです。要するに、“どこの式場で式を挙げるか”というより、“どの人に式をお任せするか”の方が重要だったということです。その時に、「この仕事こそ自分の介在価値を感じながら働けるのではないか!」と思い、ブライダル業界に飛び込むことを決めました。その中でも、自分の志向性にあったノバレーゼに入社することにしたんです。

全員メンバーの結婚式での1枚。

大好きだった仕事を退職。専業主婦となる