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年間MVP受賞の敏腕コンサルタント!マネジメントの苦戦をバネに、母親としての新たな働き方を追い求めるキャリアウーマン

佐久間 祥子さん 30代 リクルートメントコンサルタント
株式会社ジェイエイシーリクルートメント

大学卒業後、株式会社ジェイエイシーリクルートメントにリクルートメントコンサルタント(法人営業)として入社。半年間、新規開拓営業を経験した後、医療業界専門チームで法人営業とキャリアコンサルタントを2年間兼任し、その後、アシスタントマネージャーに。年間MVPを受賞し、翌年よりコンシューマー(消費財)業界のマネージャーを3年間務める。1年間の産休・育休を経て、人事部の教育研修チームにマネージャー職で復帰し、再び医療業界専門チームに異動。4カ月間、マネージャーとして活動した後、2年間プレイヤーを経験。2013年に2度目の産休を取得して2014年に復帰し、現在に至る。

株式会社ジェイエイシーリクルートメントに新卒入社して以来、コンサルタントとマネージャーとして活躍してきた佐久間さん。トップセールスを記録するほどの敏腕コンサルタントでしたが、マネジメントでは大苦戦していたそうです。そんな困難にも果敢に立ち向かい、人の管理や仕事と育児の両立などの大きな壁をいくつも乗り越えてきました。2度の産休を経て、今もなお活躍中の佐久間さんにキャリアストーリーを伺いました。

結婚前に“面白い仕事”をしたくて選んだベンチャー企業

ー佐久間さんの就職活動中の仕事についての考えと、株式会社ジェイエイシーリクルートメント(※以下JACと記載)に新卒入社された経緯を教えてください。

佐久間:就活では専門性が身につくような仕事をしたいと思って、いろいろな企業を検討していました。当時はちょうどITバブルが落ち着いた頃だったこともあって、それほど強い興味があったわけではないのですが、最初のうちはSEを目指そうと考えていましたね。

就活中はたくさんの会社説明会に参加しましたが、ほとんどの会社が大きな会場に大勢の学生を集めて、一方的にプレゼンをするという形式をとっていました。でも、JACの説明会は他社とは違ったんです。15分くらいで会社説明が終わった後、学生4名ほどに対して社員1名が付いて質問に直接答えてくれるイレギュラーなものだったので、とても驚きました。そして、その時、社員の方が「JACはクライアントも求人候補者も両方を幸せにすることができる、世の中の人々に本当に喜んでもらえる事業をしています。こんなに人を幸せにできて喜んでもらえる仕事は他にはないですよ」と熱く語っていたことが私の心にダイレクトに響きましたね。

また、内定をもらった後に会った会長の田崎は日本よりもイギリスでの生活の方が長いということもあって、とても個性的で日本人離れした魅力がありました。「JACに入れば、私も田崎会長のようなプロフェッショナルな人間になれるのではないか」「人を幸せにできる良い環境で学びながら成長していけるのではないか」と感じたので、他社をお断りして、JACへの入社を決めたんです。

ーなるほど。当時、将来のキャリアについてはどう考えていらっしゃったのですか?

佐久間:今の女性は結婚・出産後のキャリアも想定した就職活動をする方も多いのですごいと思います。将来の先々まで見据えて行動できるのは、人生に対して意欲的な証拠ですよね。

私の場合は、母親がパートで働く主婦だったので、自分も20代のうちに結婚・出産をして、出産後は仕事を辞めるつもりでした。だから、出産後のキャリアについては全く考えていなかったんです。それでも、専業主婦になるまでに、何かおもしろい仕事を経験しておきたいと思っていたんですよね。

いろいろな会社の説明を聞いているうちに、大手よりもベンチャー企業の方が自分の希望するような仕事ができるかもしれないと感じるようになりました。ベンチャーは若いうちからある程度の裁量権があって仕事を任せてもらえるので、おもしろい仕事ができるイメージがあったんですよね。そして、当時のJACは100名くらいの会社だったので、そういった意味でも私にとっては理想とする環境でした。

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「この扉の向こう側に……」という期待を胸に乗り切った怒涛の5カ月間

ー入社後に最初に配属されたのは営業部ですよね。仕事内容などを教えてください。

佐久間:20名ほどの同期と一緒に新規開拓営業を任されました。それぞれ担当地域が決まっていて、私は神田エリア担当。業種を問わず飛び込み営業をして、正社員でも派遣(※)でも何でもいいから求人案件をもらってくるという仕事でした。朝9時から夕方5時までずっと営業で駆け回り、1日1件の契約がノルマ。

初めての経験なので分からないことも多く、契約済みの会社に飛び込んでしまって怒られるということも何度かありました。入社後、厳しい仕事についていけなくなった仲間もいましたが、幸運なことに、私は初月の終わりに1件、派遣のオーダーが取れたんです(※)。そのときの、会社の利益に貢献できたという喜びは今でも忘れられません。そして、5月にも続けて1件取ることができて、しかも、かなり大きな案件でした。(※JACでは2011年に派遣事業を終了し、人材紹介事業のみ)

それは外資系企業の案件で企業を訪問した際、社長から「後継者を探している」という話を伺ったんです。私にはまだ交渉できるようなスキルがなかったので、その時は会社案内をいただき、話の内容をしっかりとメモして、外資系担当の先輩にバトンタッチしました。先輩は「とてもいい案件を取ってきたね」とほめてくれて、すぐに交渉を進め、最終的には数社のコンペになったのですが、無事に受注することができました。自分は最初の訪問でしか関わっていませんが、先輩が交渉を進めていく様子を間近で見ることができて、自分たちの仕事に対する理解が深まりましたね。そして、現場で成功事例を目のあたりにしたことで、かなり刺激を受けました。

知らない会社に飛び込んでは名刺を渡すというハードな毎日でしたけど、その努力がこういう風に大きな仕事に繋がることがあるんです。そのための飛び込み営業なんだと思えるようになったし、それが私の原動力にもなりました。「この扉の向こうに私たちを必要とするクライアントがいるかもしれない」という期待と、「自分も先輩みたいになりたい」という目標が芽生えてワクワクしていました。

ハマっている感覚。でも、どこか繰り返しに感じはじめた仕事

ー新規開拓営業の後の配属先について教えてください。

佐久間:新規開拓営業を半年間続けて、その後は医療業界に特化した製薬会社・医療機器メーカーを担当するチームに異動になりました。このチームでは営業とキャンディデイト(候補者)の担当が分かれており、キャンディデイトの方に会うこともありましたが、私のメインは企業訪問でした。

ひたすら訪問して、取ってきた求人をチーム内の担当に繋いでいくという流れで、これが私にはとても合っていました。当時のマネージャーにも期待されて、大きなクライアントも任せてもらえたし、さらに仕事への理解が深まって業績もよかったんです。ただ、順調ではあったものの、少しずつ企業訪問の仕事に飽き始めている自分もいました。毎日同じようなことの繰り返しで、マンネリ化を感じはじめていたのかもしれません。

ーその後、マネージャー職に就かれたのですね。

佐久間:はい。最初にアシスタントマネージャーへの打診がありました。ちょうど同じタイミングで、お客様から製薬会社の人事をやらないかと誘われてもいたのですが、今回はマネジメントの仕事に挑戦してみたいと思いました。企業を訪問する仕事は好きなので、他の会社で一から新しい仕事を始めるよりも、せっかく会社が用意してくれた次のステップを活かして自分がどこまでできるのかやってみようと決めたんです。

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自らが発信する癖をつける
心の中で思っていることを徹底的に言語化することで生まれたチーム力

ーアシスタントマネージャーの仕事はいかがでしたか?

佐久間:難しかったです。本来は自分の仕事もやりながら、チームメンバーの業績も見てアドバイスするのがアシスタントマネージャーの仕事。でも、私は医療業界についてのアドバイスをするのが精いっぱいで、あまり上手く立ち回れていなかったと思います。個人的には年間MVPを受賞するほどに業績は良かったんですが、アシスタントマネージャーとしてはまだまだ半人前でしたね。

それでも、私がマネジメントに苦しんでいる様子を見て、いろいろな提案をしてくれるメンバーもいました。そのメンバーの期待にも応えたくて、苦手な「人の管理」をなんとか克服して、いいマネージャーになろうと頑張りましたね。そして、新しく入社してくるメンバーが、仕事を通して泣いたり笑ったりしながら成長する姿を見ているうちに、少しずつマネジメントの面白さを感じはじめました。

ーアシスタントマネージャーからマネージャーになってからはいかがでしたか。

佐久間:マネージャーを半年経験して、次にコンシューマー(消費財)業界で約2年間マネージャー職に従事したのですが、このときが一番厚い壁にぶちあたった時期でした。

医療業界のチームにいたときは成果もまずまずだったのですが、マネージャーとしてコンシューマー部門に異動してからは思うようにいかないことも多かったですね。マネージャーは自分の仕事だけではなくチームの業務管理がメインの仕事になります。でも、私はチームの意志統一やチーム目標達成に向けての見通しなどに対する意識が低く、コンシューマー部門の知識や経験も足りていなかったので、メンバーを不安にさせてしまいました。

ー医療業界チームにいたときのようにはいかなかったのですね。

佐久間:その頃は自分から発信していく力が足りていなかったんです。どんなチームを作りたいのか、お客さんに対してどうしていきたいのかということをメンバーに十分には伝えられていませんでした。

今思えば、自分の意思をメンバーに伝える自信がなくて逃げていたんですよね。でも、それではマネージャーは務まりません。そこで、とりあえずは自分の考えをアウトプットできるようになろうと思いました。まずは、しっかりとしたチーム目標を定め、達成に向けてやらなくてはならないことを伝えるところから始めることにしたんです。

そして、少しずつメンバー一人ひとりにアドバイスや指摘を伝えられるようになっていきました。チームの目標をはっきりさせたことで、自分としても発信しやすくなったんですね。すると、チーム全体が前向きな空気になって、「佐久間さんに育ててもらった」と言ってくれるメンバーも出始め、自分が役に立っている実感が湧くようになりました。

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トップセールスの私が挫折した人事の仕事
常に深く考えることを叩き込まれた

ーその後、育休に入られて、教育研修のマネージャーとして復帰されたんですよね。

佐久間:はい。マネジメントが上手く回り始めた矢先だったので、会社には申し訳なかったのですが、おかげで産休中に自分の仕事に対する気持ちを見つめ直すことができました。就職前は専業主婦になろうと思っていたんですが、働いてみたら仕事が楽しかったんですよね。だから、産休後の復帰を目指していました。ただ、どんな形で復帰するかについては悩みましたね。子どもが小さいうちは時短になるだろうから、残業が多い部署は厳しいし、パート勤務になるかもしれないと考えていました。

結果的には、人事部に配属され教育研修のマネージャーとして復帰しました。産休後すぐのマネージャー職は不安もありましたが、このときの仕事には学びが多くて、ビジネスウーマンとしての成長が一番感じられた時期でした。

人事はひとつの仕事に対する深堀りがすごいんですよ。今まで経験してきたどの仕事よりも深かったですね。研修1つ実施するにも、トレーニング内容、年間計画、テーマなどを、階層ごとに分けたりして、様々なパターンを考えていきます。そして、さらにそれぞれのパターンの目的や課題をあげて一つひとつ深く追求していくんです。

こういうタイプの仕事は初めてで、「浅い、深堀りが足りない!」と常にダメ出しをされていました。入社以来、ここまでダメ出しされたことはなかったと思います。でも、そのおかげで自分の欠けていた部分に気づくことができたんです。営業では年間MVPを取ったこともあったけれど、人事の仕事ではまだまだ自分は未熟だと実感しましたね。部長に人事のノウハウを叩き込んでもらいました。

ー新たな環境でも意欲的に取り組まれていたんですね。

佐久間:でも、正直なところ1歳前の子どもを抱えた状態だったので、仕事に100%打ち込むことはできませんでした。子どもの世話に追われながら研修についてじっくりと考えることは難しく、いくら頑張りたい気持ちがあっても現実は厳しかったですね。大事な研修のときに子どもが熱を出すこともあり、会社にも子どもにも申し訳ない気持ちでいっぱいになり、「仕事を辞めようかな」と、くじけそうになったことが何度もありました。

ただ、そんな状況でも、部長は私を他の社員と同じように扱ってくれたので、会社に居づらくならずに済みました。変に遠慮せずにしっかりとダメ出ししてくれたので、学びの多い良い経験を積むことができたんです。部長には本当に助けていただきました。

八方ふさがりの暗黒時代
プレイヤーとして会社に貢献しようと決断

ー人事の教育研修を経験した後、再び事業部門のマネージャー職に戻られたそうですが、その経緯を教えてください。

佐久間:子育てと仕事の両立で私が苦しんでいるのを見て、上層部で「佐久間を以前、実績を上げていたチームに戻そう」という話になったそうです。人事部長から「君はかつてトップセールスとしてすごい実績を上げていたから、またコンサルタントに戻ってほしいそうだよ」と異動を告げられましたが、私は人事部であまり役に立てず申し訳ない気持ちでいっぱいでした。部長の厳しさとやさしさには感謝しかありません。

異動先は産休前に在籍していた医療業界の部署で、私の職務はマネージャーでした。今回は3名ほどのチームということもあって、プレイングマネージャーとして働くことになりました。でも、コンサルタントとしてそれなりに成果があげられたのですが、マネージャーとしては厳しかったですね。大事なアポイントメントのときに子どもが体調を崩して行けなくなって代わりを頼んだり、夜の面談はすべて私以外のメンバーの仕事になったりして、メンバーの負担が大きくなりすぎたんです。私の気持ちにも余裕がなく、マネージャーとしての満足な対応ができなくて、これ以上続けるのは厳しいという状況になりました。そんな時に上層部からプレイヤーに戻るのはどうかという打診があり、私もその方がいいと判断したんです。

ープレイヤーに戻ることについては、無理なく受け入れられたのですか?

佐久間:そうですね。やり切れなかったことへの悔しさはありましたけど、意外と抵抗なく受け入れることができました。仕事だけに情熱を注いでいたときとは違い、余計なプライドがなくなって、感情的にならずにベストな選択ができる冷静な判断力がいつの間にか身についていたんです。

もちろん、仕事は好きなので、マネージャーをやめる選択肢はあっても、仕事をやめることは考えませんでした。子育て100%の人生よりも仕事を続けていたかったし、働くのであれば、JACがいいと強く思っていましたね。

ーその後はプレイヤーに戻られて、大きな変化はありますか?

佐久間:出産後は時短で16時30分に帰っていたので、時間が足りなくて落ち着いて仕事ができていませんでした。そこで、マネージャーの仕事から離れるタイミングで、自分の仕事のやり方を徹底的に見直して、効率の良い方法を探してみることにしました。夜の面談や残業の多い業界であっても、やり方を工夫すれば何とか解消できるんじゃないかと考えたんです。

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時間や場所に捕らわれないフリーな働き方を実現させたい

ーなるほど。具体的にはどのように仕事のやり方を改善していったのでしょうか。

佐久間:20代の頃の私は深く考えて行動するタイプではなく、ほとんど条件反射で動いていました。でも、人事部では立ち止まって今の状態を整理して、そのときベストなやり方を見つけてから行動することを叩きこまれたんです。人事部での学びを、コンサルタントの仕事に活かしてみようと思いました。

目の前の選択肢の中から業績に直結する方法だけを選んで、それ以外は捨てる。その整理を何度も繰り返していくんです。とりあえず、1度整理しただけでもかなりスリムにはなりますが、別の仕事が入るとまた膨れてしまうので、また整理をする。その繰り返しです。それを続けているうちに、何とか自分のやり方を確立することができるようになりました。

そうやって仕事を上手く回せるようになったら、人事部から「佐久間さんの仕事のやり方をみんなに教えてもらえませんか」という依頼が来るようになりました。そして、生産性を高めたいという意欲のある社員に向けて、自分なりに見つけた効率良く仕事をする方法を発表するような機会が増えてきたんです。だから、2度目の産休をとった時にも復帰への不安はなく「バリバリ仕事するぞ!」と復帰が楽しみでしたね(笑)。

ー素晴らしいですね!いろいろな経験を経て、自分の仕事のやり方を確立された今、キャリアをどう考えていらっしゃいますか?

佐久間:うちの子どもたちは上が小学生で下が保育園児。可愛い盛りの子どもたちと一緒にいられるのは夜だけ、昼間は遊べないという現在の家庭のスタイルは、母親としてちょっと物足りないと思うんです。平日の昼間に母親が家にいる日があってもいいと思うし、私はもっと一緒に楽しめる時間をもちたいんですよね。最近は社会的にも働き方改革で、場所や時間に関係なく働けるような時代をみんなが目指し始めています。個人的には、子育てと仕事をもっといいバランスで両立したくて、その働き方を弊社で実現したいし、きっとできると考えています。

もちろん、会社にいないとできない仕事もありますが、在宅でできる仕事もあるはずなんです。時短で働いていると、昔からの慣習というだけで会社でやっている業務が意外と多いことに気づきます。そういう部分を修正・改善できるといいなと考えています。

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