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Real Woman Interview

美容業界の常識を変えていきたい――1児の母でありながら、全国を飛び回って活躍する敏腕ブランドマネージャー

飯田 有規子さん 30代 ブランドマネージャー
株式会社神美

1979年生まれ。高校卒業後は2年間飲食店でアルバイトをし、結婚と出産を経て、夢であった美容関係の会社を起業。2001年、保険会社の営業として勤務。2003年に、美容の世界に飛び込み、某エステ企業にエステティシャンとして入社。約3年の勤務後、他のエステサロンで1年間の修行期間を経て、2005年、再び古巣のエステ会社に入社。その後12年間マネージャーとして活躍。美容業界を活性化させるという想いを胸に、2017年1月に株式会社神美に入社し、ブランドマネージャーとして全国のフランチャイズ店の統括をしている。

およそ18年もの長きに渡り美容業界に貢献してきた飯田さん。数社のエステ会社の経験を通して業界全体の風土を変えたいと思うようになったとのこと。現在は株式会社神美で、創業メンバーとしてジョインし、一児の母でありながら、全国を飛び回るブランドマネージャーとして活躍しています。そんな彼女のこれまでのキャリアや仕事への想いを伺いました。

諦められなかった美容業界への夢

ー高校を卒業されてからのご経歴を教えてください

飯田:高校卒業後はアルバイトを2年ほどしていました。美容師になるために美容学校への進学が希望だったのですが、親からは反対されていたんです。とはいえ、進学や就職の選択肢を考えていなかったこともあり、どちらの選択もせずに、飲食店でアルバイトをすることにしたんです。

この頃、今後の明確なキャリアのイメージはもてていなかったのですが、将来役に立つといいなと思ってネイリストの資格を取りました。ただ、資格を取ったからといって何か新たなキャリアの一歩を踏み出したわけではなく、日々を送っていました。

そんな中、大きな変化が訪れたきっかけがありました。それは結婚をして妊娠をしたことです。そのタイミングで、当時やっていた飲食店の立ち仕事のアルバイトから働き方を変えようと思い、資格をとったネイリストの仕事ができないかと考えたんです。

いざ、探してみると、妊娠していることもあり、なかなか働く先が見つからず、それならば夢でもあった美容関係の事業を自分で始めようと思い、ネイリストの資格を活かして起業しました。

いざ自分で事業を始めてみると、楽しさもあり、悔しさもありました。収入は好調な時もあったのですが、苦しい時もあって、安定しなかったですね。そして、痛感したことが、経営していく上での自分の引き出しの無さでした。この「経営の引き出し」が頭にずっと残っていて、この先身につけていきたいもののひとつになっていましたね。

やはり経営って、戦略を立てるにしろ経験や知識がものすごく大切なんだと思ったんです。そんなことを痛感していたタイミングで、たまたま父が経営している損害保険の会社を兄弟は誰も継ぐ感じでもないし、ここは私が継ごうかなと思って。そのためには、まず保険会社で経験を積もうと思い、大手保険会社に営業として入社しました。

経験したからこそ再確認できた自分のやりたいこと

ー起業を経験された後、初めての正社員で保険の営業ということですが、いかがですか?

飯田:1年目は比較的営業しやすかったですね。”新人”という肩書きがあったこともあって、うまくいかない状況やミスマッチも“新人”を上手く活用して切り抜けられたんです(笑)説得力がなくても「ハタチ過ぎの若い新人ならしょうがない」って大目に見てもらえていたんでしょうね。

2年目からは”新人”という肩書きもなくなり、先輩の営業同行が全くなくなり、会社からの扱いも変わって厳しくなっていきました。先輩が同行してくれているのと1人での営業活動は違いが大きかったです。1番大変だったところが、保険そのものの重みがわかっていなかったことですね。今ならすごく大切なものだと理解できるんですけど、若い時って病気や死に関する危機感って全然ないじゃないですか。基本的に万が一のための商品でもありますし、当時は若さもあって、死や危険なことに対して自分自身がピンときていなかったんです。

その後もお客様を説得できるほどの人生経験や深みをだすことには苦戦していました。とはいえ、実は営業成績は悪くなかったんですよ。ただ、自分の中でスッキリできない部分があったので、次のステップに進もうと決めました。

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ひとりで勝つより、チームで勝つ
私のチームマネジメントスタイル

ーその後はエステ業界に入られますが、何か理由があったんですか

飯田:やっぱり美容業界で働きたいと思ったのがひとつ。そして、ネイルやまつげなどは起業したときにやっていたんですけど、エステはやったことがなかったので、経験してみたかったんです。

あと、起業したときに気づいた自分自身の「経営の引き出しの無さ」についても、「同じ業界なら、あの時知らなかった引き出しを作ることができるんじゃないか」と思ったこともありましたね。あのときに悩んだことを解決できるスキルを身につけられればと考えていました。

ー3年ほど勤めていらっしゃいましたが、この3年間はいかがでしたか

飯田:それが、3年間ずっと楽しかったんです(笑)。知らないことを覚えていくのも楽しかったですし、売上や数字を追うことも楽しかったです。3年間で着実にステップアップできたことも充実感に繋がっていました。

入社したときに1番上まで上がろうと決めていたので、「絶対に店長になろう」って最初から目標にしていたんですよ。それで、入社から10ヶ月で無事店長になりました。

ー入社から1年未満で目標を達成したんですね。それまでのいちエステティシャンとしての仕事と店長になってから仕事内容に変化はありましたか

飯田:入社してからチーフまでは、自分の売上を上げることだけに集中していればよかったんです。自分の目標金額を超えていけばそれで十分だったんですけど、店長になってからは店舗の売上達成が目的になるので、頭の中を切り替えなきゃいけなかったですね。

店舗目標が1000万だとして、チーフだったときは自分が500万くらい稼いだら、他の店員が残り500万を埋めればよかったんです。店長になって自分で1000万稼ぐようなトッププレイヤーと呼ばれる人もいますけど、私は店舗にいるみんなで1000万を達成できるようなマネジメントを目指していました。どっちの方法でも達成できれば問題はないんですけど、私はトッププレイヤーにはなれないと気付いて、チームとしてどう上げていくかということにフォーカスすることにしたんです。

結果、私の店舗が2年目に全国40店舗で1位になったんですよ。すごく嬉しかったですね。運もよかったですし、チームのメンバーもすごくよかったので、自分ひとりで達成したとは思っていませんでしたが、自信には繋がりましたね。

ー2年目で全国で1位になってから、残りの1年間はどのようなキャリアを歩んだのですか

飯田:担当店舗が1位になったことを評価されて、複数店舗を見ることになりました。店舗にいる人の力の上げ方と、複数店舗のチーム力の上げ方は全然違うので、すごく手こずっていましたね。

2年目のときは1店舗に集中することができたので、成果も上げやすかったんですが、複数店舗を見るようになり、店舗に集中することもできないですし、各店舗や地域によってマッチする施策も違う。3年目は私が担当していた店舗の中の店舗が2位になったんですけど、担当店舗全部の士気は上げきれず、それが最高順位でした。

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マネジメントに熱中する中で沸いてきた技術者としての欲求

ー順調にステップアップしていたようですが、別のエステサロンに移動されたんですよね

飯田:そうですね。1年ほど別のエステ事業会社にいました。最初の会社は、ボディケアをやっていない会社だったんです。いちエステティシャンとしてボディエステのことを学びたいし、エステ全般をやりたいと思って、次はトータルエステをやっているサロンにしました。技術者としての幅を広げたかったんです。

今振り返ると本当に修行みたいな1年間でしたね(笑)。ボディエステは初めてだったことで、以前のエステより体力も必要だしたし、店舗責任者という立場でもあったので、新しい技術と店舗マネジメントの両立は大変でした。でも、トータルエステの技術や知識を学べた「実りの多い1年間」になりましたね。

ーその後、再び前職に戻られたんですよね。何があったんですか

飯田:タイミング的にも偶然だったかもしれないんですけど「うちもトータルエステをやることになったから、良かったら戻ってこないか」と声をかけていただいたんです。実際、「新しいことを勉強したい」と言って辞めたので、身に付けた技術や知識を持って戻るのも悪くないなと考えたんです。

憧れの美容業界に入った最初の会社ということで恩も感じていましたし、やっぱりすごく楽しかったという思い出が強かったので。新しい業態にするという話になったときに声をかけてもらえたことも嬉しかったですしね。

再入社してからは、エステティシャンとしては半年くらい、あとはずっとマネジメントがメイン業務でした。前にいたときにやっていたチーフや店長よりももっと上の立場で、どちらかというと運営とか経営に近いですね。会社全体の集客を考えて媒体を選んだり、採用の面接をしたりなどの業務をしていました。

ー再入社されてから、12年という長い期間勤務されていますね。それで今の会社に入ろうと思ったきっかけは何でしたか

飯田:自分の立場がより経営に近かかったことから、お客さまに向いていた目線が、より売上にフォーカスするようになってきたときに、ふと立ち止まって、美容業界で働く軸について考えるようになってきたんです。仕事なので、お金を稼がなきゃいけないことはわかっているんですけど、お客様に買っていただいたときに果たして本当にハッピーになってもらえているのかなと。今まで色々なエステサロンを経験してきた中で、この会社だけの風潮ではなく、業界のやり方として、これでいいんだろうかと思うようになっていたんです。

なので実は、この当時、美容業界とは違うところに行こうと考えていたんです。

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人生を変えた3時間
一度は身を引こうと思った美容業界への再チャレンジ

ー美容業界とは違うところへ行こうと考えた中、神美さんで働くことになったのはどういう背景があったのでしょうか?

飯田:社長である田中と出会えたことですね。たまたま話をさせていただく機会があって、話しているうちに、私が感じていた今の美容業界全体の課題を同じように感じ取っていたことがわかって「これかもしれない」と気持ちが湧き上がってきたんですよ。

また、会社の業態にもすごく魅力を感じていたんです。「お客様も働くスタッフもずっとお互いが幸せになるために何ができるか」「女性が輝き、活躍する社会の実現」という田中の言葉を聞いて、私が求めていたものが実現できるかもとワクワクしていました。

それで3時間くらい語り合った後、まだ退職も決めていなかったのに、その場で入社の意思を伝えたんです(笑)。

ー今はどのような業務をされていますか

飯田:ブランドマネージャーという形で今年の1月に入社しました。フランチャイズ運営をしているので、加盟してもらっている会社に対して日々やり取りをしたり、新しい店舗のオープニング準備や運営状況の管理、店舗の問題点や改善点の指摘をしたりするために全国を飛び回っています。日々いっぱいいっぱいですけど、こんなに新しいことにチャレンジし続けられる会社は他にないと思うので、すごく充実していますよ。今のところ1ヶ月に3~5店舗の新規加盟店がオープンしている状況なので、失敗したとか成功したとか、そういう反応が出ないうちに進んでいくほどのスピード感でやっています。

そもそも同じ美容業界とはいえ、エステとは違った業態のブランドなので、エステの経験者は少ないんです。前職は直営店ではなくフランチャイズ側だったので、加盟店の方がどういう気持ちでいるかとか、どんなことに不安を感じているかとかは、なんとなく理解できていると思うので、そこは経験が活かせていると思いますが、根本が違うので今でも学ぶことがたくさんあります。日々勉強ですね。

ー今までずっとフルタイムで勤務されていたと思うのですが、育児との両立などはいかがでしたか

飯田:もう子供も17歳なので今は特にありませんけど、やっぱり今まで悩むタイミングは何度かありましたよ。もともと母が専業主婦だったので自分も専業主婦になるんだと思っていましたが、働き始めたらそんな計画は消えましたね(笑)。ずっと働いていたいなって感じています。生活のためっていうよりも、やりたいという気持ちが強かったので、悩みはしましたが辞めようと思ったことはないですね。母や周りの人がサポートをしてくれたからこそ、やってこれたと思っています。私自身で両立したかというと、そうではないですね。

小学校に上がるときや中学2年くらいの、反抗期というか、自立心が芽生えてきた頃とか、ちょっと複雑な時期があったときは、コミュニケーションを多くとっていました。やっぱり気になりますから、必然的に増えますよね。そうやっていく中で時間が解決してくれた部分もありますので、特に何かってことはなかったですね。しっかり子供とコミュニケーションをとっていくことが大切だと思います。子供が望んでいるかどうかは別としても(笑)。

ー今後のキャリアプランなどはどのように考えていますか

飯田:今、会社がどんどん広がってきている段階なので、働くスタッフや通ってくれるお客様のために自分が1番できることは何かということを考えていきたいと思っています。大きな目標があるというよりは、今目の前にあることを1個ずつ着実にやっていきたいですね。できていないこともまだまだたくさんありますから。

「店長になりたい」と飛び込んだ美容業界にこんなに長くいるとは思わなかったですが、これからの美容業界を変えるために自分は何ができるのかを探しながら進んでいきたいですね。

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