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新卒時代は「お荷物」だった私がみつけた目標。お客様やチームのために“世界を、もっとはたらきやすくしたい”と奔走する社内初、新卒入社からの営業課長

中嶋 麻衣子さん 20代 営業職
株式会社サーバーワークス


1987年生まれ。大学卒業後、2010年に新卒で株式会社サーバーワークスに入社。文系出身にも関わらず、エンジニア部門に配属となる。翌年1月、営業部に異動。法人営業を担当し、法人向けにAWSの提案を行う。2017年3月より営業部法人営業課、セールスサポート課の課長に就任。現在は10名の部下を率いる。

文系学部を卒業した中嶋さんが新卒で入社した会社はクラウドインテグレーターのIT企業。想像もしていなかった業界で、右も左もわからないままにエンジニアとして働いた後、法人営業に異動になりました。仕事を通して次第に「自社の強みはどんなものなのか」という視座で仕事をするようになったと話します。社内初、新卒入社からの管理職として活躍する彼女のキャリアストーリーを伺いました。

先輩のお荷物なんじゃないか? できない自分への不安と葛藤

-それでは、中嶋さんの新卒時代のお話しからお伺いできますか。

中嶋:はい。就職活動の時には実際には目には見えない課題を解決するような仕事がしたいと考えていました。そこで、目に見えないクラウドを取り扱うサーバーワークスを見つけたんですが、当時は営業の募集がなく、エンジニア採用のみ。私は文系出身なのでかなり不安だったんですが、「文系でも大丈夫」と聞いたので入社を決めました。

でも、実際に入社してみたら、全くダメだったんです(苦笑)。先輩から丁寧な説明を受けると、そのときは理解したような気になるんですが、あっという間に頭から抜けてしまうんです。

課題として、新卒1年目の夏までに「ドットコムマスター」というインターネットの基礎的な資格に合格しなければならなかったんですが、そこでも同期3人の中で私だけが不合格。他の2人にとっては楽勝だったそうなんですが……。その後も先輩に何度教えてもらってもほとんど理解できなくて、どんどんへこんでいきました。当時は自分が完全に“先輩のお荷物”になっているじゃないかと感じていましたね。

-精神的に追い込まれてしまったのですね。その後はどのようになりましたか。

中嶋:私の状況をみて、別部署の先輩まで集まり、じっくりと教えてくれるようになりました。最初はそれがものすごいプレッシャーだったんですが、だんだんと慣れてくると先輩に恩返ししたい気持ちから、もう少し頑張ろうと思えるようになりました。でも、やる気をもって取り組んでいたタイミングで、営業部への異動が決まったんです。

救いの道?!営業への移動。不安8割、楽しみ2割

—営業部への人事異動は、ご自身の希望ではなかったのですか。

中嶋:私が希望を出したわけではありませんでした。エンジニアとしてやっていける自信はなかったので、新しい道を用意してもらえて、少しホッとしたというのが正直な感想です。

ただ、当時の営業は私以外のメンバーが上長1人だけ。しかも、私はその上長のことを最初恐い人だと思っていました。結果を出せずに苦しい中、違う仕事ができるという期待はありましたが、その上長の下で働くことになり、不安8割、期待2割という感覚でしたね。

営業部に異動した結果、エンジニアの頃と比べると、はるかに充実した仕事をすることができました。営業での最初の1~2年は議事録をとったり、見積もりを作ったりしていて、自分で主体的に動くというよりまずは上長から言われたことをしっかりとこなすように頑張っていました。

ただ、言われた通りにやっていただけなので、その頃は営業としての自覚がまだなかった気もしますが、社会人としての底力がついたのはこの時期だったと思いますね。

話しているところUP

私を成長させてくれた
上長同行なしの初の出張営業

-今は営業のリーダーとして活躍されている中嶋さんが“営業”としての力をつけられた背景には、どんなストーリーがあったのでしょうか。

中嶋:お客様の所に一人で行って提案したり、それを受注につなげたりできるようになったのは3年目の頃です。その頃、営業としてやっていく自信につながる出来事がありました。

年に1度開催される「AWS Summit」という大きなイベントがあるのですが、そこで弊社のブースに来てくださったお客様から、イベント終了後に一度会社にきて説明してほしいというリクエストをいただいたんです。出張が必要な地域の会社だったので、上長と一緒に伺うつもりでしたが、上長のスケジュールが合わず……。他にも競合がいると聞いて、かなり迷いはあったんですが、「1人で行ってみたい」と上長に相談してみたらGOサインが出たので出張に行くことにしました。技術者のメンバーが一緒でしたが、営業は私一人。初の上長なしの出張でしたね。

そして、その時の訪問では私の提案が通って、競合に勝つことができたんです!おそらく、あの時、自分一人でもお客様の要望に応えて出向いたこと、そこでお客様の要件をしっかり聞けたことが勝因だったと思います。商談を一人で成功させたことで、やっと営業としてやっていける自信がつきました。

チームのみんなのために
縁の下の力持ち役を会社に提案

-それは嬉しい出来事ですね!その後は、さらに営業に力を入れていったのでしょうか。

中嶋:営業に夢中になっていたかというと、実はそうでもなかったですね。当時はまだセールスサポートの部門がなかったので、「自分が営業をやめて、みんなのサポートをしたい」と会社に提案したこともありました。

その頃は会社が大きくなって、営業メンバーもかなり増えていたものの、それでも人が足りない状況で営業メンバーにとっては相当しんどい時期でした。そして、忙しすぎて上手く業務がまわらない状態になっていたんです。その状況を見て、私がサポートをすれば、みんなは今よりももっと仕事が楽になるかもしれないと思ったんです。でも、その時は私の提案は通りませんでした。

2人

会社の成長とともに変化する組織への戸惑い
自分たちがお客様に価値提供する最善のかたちの追及

-その後、営業メンバーが忙しすぎるという問題をどのように解決されたのでしょうか。

中嶋:その提案から約1年後に正式にセールスサポート部門ができたので、問題は解消されました。そして、会社の規模はどんどん大きくなり、大阪や福岡にも進出し始めて新たな営業メンバーも加わりました。そんな中、組織の変化に戸惑いや葛藤があり、さらに新たな問題も表面化してきたんです。

たとえば、営業方針。それまでの「営業は技術についても提案できなくてはならない」という考え方だったのですが、営業は営業のみを担当し、技術は技術者が担当するというやり方に変わっていきました。また、以前はチームで動いていたのが、まるで個人商店のような動き方に変わりましたね。

当時の社内はかなり混沌としていましたが、競合企業も増えてきていたので、自分たちがお客様にどのような価値を提供すればよいかを徹底的に考えることができた時期でもありました。私が営業になってから、会社の業績は上がり続けていたので、数字をつくることに躍起になるよりも、お客様の期待にしっかりと応えていくことが大切だったんです。私も思いついたことを役員に直訴してみるなど、これまでとは比べ物にならないほど主体的に動いていましたね。

さらに、技術者でなければ取るのが難しいといわれているAWSの認定資格を頑張って取得しました。技術面の専門性を高めることで、お客様からの要望やリクエストに即座に応えることができるので、それが営業をする上で大きな武器になると考えたんです。新卒時代には初歩的な資格試験に落ちたのに、AWSの認定資格を取得して社内を驚かせることができたのが嬉しかったですね。

新卒の時はただ言われたとおりに試験を受けただけでしたが、AWSの認定資格は自分から主体的に取り組んだので、向き合い方が全く違いました。ちなみに、あの時は落ちた「ドットコムマスター」の資格も、1年目のうちに再チャレンジしてちゃんと受かっています(笑)。

モニター

セールス組織をどうしていきたいか。会話を通して変化していった
最初は「やりたくない」と思っていたマネジメントへの意識

-いろいろなことを自主的に取り組んでいたのですね。2017年3月からは課長として活躍されている中嶋さんですが、任命された時はどのようなお気持ちでしたか。

中嶋:最初は、私は人をまとめられるような性格ではないので、マネジメントは向いていないと思っていました。ただ、先ほどお話した「営業としてお客様にどのような価値を提供していくか」を考えていく過程において、前任の課長と組織についての話をよくするようになりました。また弊社社員は、飲み会や社員旅行などで会社や仕事に対する熱い思いを語る人が多くて、そういう話を聞いているうちにみんなの思いを叶えたいと思うようになっていきました。

そして、自分が課長になれたら、みんなの思いを実現することができるかもしれないと思うようになりました。だから、課長の打診を受けたときには、割りと前向きな気持ちになっていました。

課長になった今、メンバーがアイデアや意見をもっと言いやすい環境を作っていきたいし、吸い上げていけるようにもなりたいと思っています。今までは自分のことばかりを考えて仕事をしていましたが、会社の売り上げ数字ももちろんのこと、どうしたら会社を盛り上げていけるのか、という視点でやっています。

ロゴ

自分がはたらきやすいと感じているからこそ、
”世界を、もっと、はたらきやすくしたい”

—入社8年目。中嶋さんのこれからについて教えてください。

中嶋:サーバーワークスのビジョンは「クラウドで、世界を、もっと、はたらきやすく」。 AWSをはじめとするクラウドサービスを通じて他の会社で働いている人にもそれを提供したい、伝えたいという気持ちがとても強く、弊社自体もとても働きやすい環境だと感じています。

今、姉が育休中で育児に追われて自分の時間がほとんど持てない状況なんですよね。何かあったとしても義兄が昼間は会社に行かないといけないので、手伝ってもらうことは難しい状況です。でも、私の場合はミーティングをリモートやWEB上でできるので、仕事を調整して姉の育児を手伝うこともできます。

義兄の会社だけでなく、まだ物理的な環境や制度が整っていないがために仕事の調整が難しい会社はたくさんあります。しかし、今後リモートで働くことが当たり前になれば、みんなのはたらき方の自由度を上げられると思うんです。

弊社は地方に営業所があってリモートのコミュニケーションが必須なので、リモートメンバーのリクエストを聞いたり、回線の状況やツールを整えたりして徐々に環境を整備していきました。また、子育て中の女性・男性メンバーも多く、家庭の事情や保育園のお迎え時間などで、毎日必ずしも決まった時間で勤務できるとは限りません。しかし彼らの本音としては、もっと仕事がしたいのに途中で帰らなければならない、という葛藤があることを今の立場でより知ることができました。そういう経験から在宅やリモートで仕事ができる環境があるとよりはたらきやすくなるということを身近で感じるようになり、これからも“世界を、もっと、はたらきやすくする”ために、クラウドを広めていきたいと考えています。

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