RWI_110

“好き”よりも“得意”を仕事に。みんなを幸せにするためのツール「お菓子作り」で情熱とアイデアを形にし続けるお菓子研究家

鬼澤真理さん 30代 お菓子研究家  代表取締役
株式会社マリモカフェ


1985年生まれ。大学を卒業後、2008年に大手印刷会社に入社。経理部に6年間在席。その後、マーケティング部へ異動し、コンサルティング営業を約1年従事。同時に国際製菓専門学校の通信教育課程で製菓を学ぶ。その後複数のお菓子教室に通い、2015年に独立。お菓子教室を主宰する傍ら、企業向けレシピ開発や書籍、雑誌、WEBへのレシピ提供、テレビ、ラジオ出演など幅広く活躍。写真撮影にも定評があり、カメラ雑誌への写真提供、講習会、イベント出演なども行う。著書に『クックパッド まりも1016の大好評お菓子』(宝島社)『6コマお菓子レシピ』(ワニブックス)『marimo cafeのしあわせスイーツ』(SBクリエイティブ)がある。

お菓子研究家marimoとして活躍中の鬼澤さん。手軽さとわかりやすさで話題となったインスタの「6コマレシピ」や、クックパッドでもたくさんの殿堂入りレシピを公開しています。そんなお菓子のスペシャリストである鬼澤さんですが、意外なことに大学卒業後はお菓子作りとは全く関係のない一般企業に入社しました。「好きと得意は違う」という彼女の言葉には、常に客観的に自分を見つめ、世の中のニーズを考えながら逆算して作り上げたキャリアへの思いがありました。そんな彼女にお話しを伺いました。

「お菓子作りの才能あるよ!」
その一言が、私のお菓子づくり人生のはじまり

-現在、お菓子研究家として活躍中の鬼澤さんですが、お菓子作りを仕事にしようと思ったのはいつごろですか。

鬼澤:大学生のときですね。当時は叔母が手作りのお菓子を出す喫茶店をやっていました。そこにアルバイトで手伝いに行って、お菓子作りを教わるようになったのがきっかけです。

実は私、市販のお菓子は甘すぎてあまり好きではなかったんです。でも、自分で作れば甘さの調節ができるということが分かって、自分好みのオリジナルレシピを作るようになりました。そして、レシピ作りに夢中になっていたら、いつの間にか家族だけでは消費しきれない量のお菓子ができてしまったんですよ(笑)。それを友人に食べてもらった時に、「お菓子作りの才能がある」と褒めてもらいました。

それがとても嬉しくて、そのまま、どんどんお菓子作りにのめり込んでいきました。そして、自分の記録用にとブログを始めて、作ったお菓子の写真とレシピを投稿し始めました。ある時、そのレシピを見て実際に作った読者さんが「とても美味しかった」というコメントをくれたんです。それがきっかけで、「もっと褒めてもらえるレシピを作りたい」と思うようになりました。ちなみに、そのブログはもう10年以上続けています。

-それが、鬼澤さんのお菓子研究家になるきっかけとなったんですね!ところで大学卒業後に入社された会社は大手印刷会社だそうですが、なぜお菓子の仕事ではなく、その会社を選ばれたのですか。

鬼澤:お菓子の仕事というとパティシエが一般的ですが、毎日同じお菓子を作るのは性格に合わなくて。お菓子のレシピを考える仕事をしたかったのですが、そのためには、ある程度の人脈や経験が必要だと考えました。それで、まずはその土台作りのための社会人経験をしたくて、大学卒業後は普通に就職したんです。

就職先を考えていたときに最初に頭に浮かんだのが、「人を感動させられるものをつくる仕事」でした。そこで見つけたのが印刷会社。その会社は紙の印刷だけでなく、パッケージ作りや広告制作など幅広く事業展開をしていたので、何かしら自分に合う仕事もあるだろうと考えたんです。

生活に身近なものを印刷したり、作ったりすることで世の中の役に立てたら楽しいだろうなと思って、入社当初は制作にかかわる仕事を希望していました。

話しているところ

与えられた仕事を全うする
それが社会人ということ

-入社されてみて、いかがでしたか。

鬼澤:それが、研修が終わって配属された部署は経理部だったんです。経理の仕事をすることは、全く予想していなかったので、かなりショックを受けましたね。

当時は私も若かったので、自分にしかできないような仕事をしたいという気持ちが強かったし、何より経理は希望していた「ものづくり」の仕事とはかけ離れていて、その理想と現実のギャップがどうしても自分では埋められなかったんです。それで入社早々、一気にやる気をなくしてしまっていました。

-そこから、どのように気持ちを切り替えたのですか。

鬼澤:それが、最初は全く気持ちを切り替えられなくて、配属から2カ月ほどは納得できない思いのまま仕事をしていました。そして、毎日が本当につまらなくて、やりきれなくなってきたので、早々に上司に異動の希望を申し出てみたんです。

そのとき、「会社に勤めている限り、与えられた仕事をしなければならない」と上司から言われました。今考えれば当たり前のことだと思うのですが、当時はそんなことさえ理解していなくて、上司に言われて初めて自分の甘さを痛感しましたね。

自分の役割も果たさずに、ただやりたいことだけを言っているのは「学生気分」が抜けきっていない証拠だと反省しました。このことがきっかけで、社会人としての心構えを意識するようになり、「今の状況で自分に何ができるか」という視点をもつようになりました。

-鬼澤さんにとっては、かなり大きな出来事になったのですね。

鬼澤:そうですね。単調に仕事をこなすのではなく、自分で考えて工夫することで仕事に面白さを見出すことができるようになりました。日々の業務の改善点を常に探し、思いついたことをとにかく色々と試してみました。その結果、今までにない新しいやり方が生み出せたり、前任者よりも早く正確に仕事が終わったりして、上司から褒められるようになったんです。そんな小さな喜びがモチベーションにつながり、だんだんと仕事が楽しくなってきて、自然と業務に打ち込めるようになりました。

それから、意外と経理業務が「得意」だったんですよ。数字をぴったり合わせたり、抜け漏れなく確認したり、お菓子作りでもそうですが細かい作業が得意なので。「好き」じゃなくても「得意」なら仕事が上手くいって、その結果楽しくなるんだなぁと気づいた時期でもありました。

―大きな気づきを経て、業務にやりがいを感じられるようになったんですね。経理業務の以外にも起業に向けての準備はされていましたか。

鬼澤:実は会社で働きながら、製菓学校に通っていました。それはブログの読者さんから独学では答えられないような質問をされる機会が増えてきたからです。それがもどかしかったし、感覚で美味しく作れる状態では今後仕事にできないと思ったので、土日やお盆休みなどの長期休暇を利用して製菓理論や技術を基礎から学びました。

-ここでもブログの存在が起業を後押ししたのですね。
その後はどういったキャリアを積まれたのでしょうか。