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先のことはあえて決めない―飛んで来たボールを全て受け止め、築き上げたキャリアの先に見えた働きやすい社会づくりへの貢献

藤本 あゆみさん 30代 マーケティング/広報
株式会社お金のデザイン


1979年生まれ。大学卒業後、2002年キャリアデザインセンターに入社。求人広告媒体の営業職を経て、入社3年目に最年少で当時唯一の女性マネージャーに就任。2007年4月、結婚を機に退職し、Googleへ。代理店渉外職を経て、営業マネージャーに就任。「Women Will Project」のパートナー担当を経て、同社退社後の2016年5月、一般社団法人at Will Workを設立。2016年3月より株式会社お金のデザインにてPRマネージャーを担当する。

Google の取り組み「Women Will Project」への参加をきっかけに、“働き方を選択できる社会”を目指す社団法人「at Will Work」を設立した藤本さん。それと並行して株式会社お金のデザインでPRマネージャーも務められている2つの顔を持つワーキングウーマンです。先のキャリアプランはあえて決めない、そんな彼女の働き方、考え方などのお話しを伺いました。

やるからには一番を取りたい
知らなかった世界に出会える楽しみに没頭した3年間

―まずは新卒時で、大手人材企業に入社された経緯を教えていただけますか?

藤本:学生時代は制作会社でアルバイトをしていて、将来はドキュメンタリー制作の仕事に就きたいと思っていました。それで、卒業後もそのままそこに就職するつもりだったのですが、夜通し働く社員を見ているうちに、自分の社会人としての第一歩をここに捧げていいのだろうかという迷いが芽生えてきたんです。そんな時、人材紹介業をやっている父と仕事についての話をしていて、ドキュメンタリー制作の人や物事と向き合うことと、人材業界で転職する人の人生と向き合うことが似ているような気がしたんですよね。そこから人材業界に興味を持つようになりました。

そして、人材紹介事業部で働くつもりでキャリアデザインセンターから内定をもらったのですが、入社まであと3日という時に求人広告のチームに配属されるということがわかったんです。やりたいことがハッキリしていたので、スタートから打ちのめされて一時は内定辞退も考えました。でも、よく考えたら食わず嫌いはよくないし、これはこれで1つのチャンスかもしれないと思い直して、とりあえず入社してみることにしました。

―希望と違う部署に配属されて、法人営業をされることになった中でどういうお気持ちでのスタートでしたか?

藤本:そうですね。私は先のプランをきっちりと考えるような性格ではなく、どうせ変わってしまうから考える必要がないと思っているタイプなんです。そして、やるからには何でも1番を取りたいと思うたちなので、不本意なスタートではありましたが、やっていくうちに仕事のおもしろさを感じられるようになりましたね。

もちろん、壁にぶつかることもたくさんあって、自分としてはしっかりと準備をしたつもりだったのに、いざ求人広告を出してみたらほとんど応募がこなかったというような失敗を繰り返していました。

それでも次第にできることが増えていきました。目標達成できるようになり、お客様とのコミュニケーションを想定通りに進められるようになったり……。当時は担当する業界が決められていなかったので、好きな業界や一風変わった企業を見つけては、「こんな会社もあるんだ」と楽しみながら顧客開拓していました。

話しているところ

期待を込めて任命されたマネージャーの仕事
それが”二度とやりたくない!”というトラウマになった

―その3年間に当時最年少で唯一の女性マネージャーに就任されたそうですね。やってみていかがでしたか。

藤本:幸か不幸か、当時の上司は私を使うのがうまくて(笑)。私はやるからには期待に応えたいし、期待以上の成果を出したいという気持ちが強いんです。だから、与えられた課題を頑張ってクリアしたら、上司がすぐに次の課題をポンと与えてくれて、それを次々にこなしていくという日々を過ごしていました。

そして、新しいチャレンジとしてマネージャー職を打診されました。期の最終日までに目標数字を追いかけ、何とか達成して、「じゃあ明日からマネージャーね」と。全く心の準備もできないまま、そんな風にしてマネジメントがスタートしました。当時は哲学もなければ戦略もなかったので、マネージャーとしてどうあるべきなのかもわからず、失敗の連続でした。

マネージャーと言っても私が任命されたのはプレイングマネジャーでした。つまり、自分でも目標数字を持ちながら、チームメンバーの数字管理もしなければならなかったんです。今までは自分さえなんとかすれば乗り切れたことが、チームだとそうもいかず……。メンバーを成長させなければチームが成長できないと思い込んでいたので、自分が当たり前のようにできることを周りができないのを見ては、じれったい気持ちになっていました。

―プレイングマネージャーですか!
失敗の連続とお聞きしましたが、具体的にはどのようなことが挫折だったんでしょうか。

藤本:いろいろと挫折は味わいましたが、中でも印象に残っているのは、360度評価です。1年に1回、メンバーがマネージャーにフィードバックをするのですが、本当に辛かったです。相当な時間をかけて見ているつもりなのに、メンバーには「何も見てくれていない」と言われるんです。自分はこんなに頑張っているのに、相手に全く伝わらないという理由が私にはなかなか理解できなくて、その上、チームの数字も達成できなかった時もありました。頭の中ではうまくいくストーリーが描けていても、それが全くチームの型にはまらない。そのうちに周りからの信頼を失い、メンバーの成長に寄与しきれない自分に落ち込みましたね。

―そこからその壁は突破できたのですか。

藤本:当時はその壁を突破しきれませんでした。目標を達成できた時期も多少はあったし、チームの雰囲気もずっと悪いわけでなかったので、もちろん楽しいこともたくさんありました。ただ、自分の中でうまくいかないモヤモヤをずっと抱えていて、二度とマネージャーをやりたくないと公言していましたね。

UP

息つく間もなく降りかかる新規プロジェクトの数々

―マネージャーというポジションに昇りつめながらも、そこからGoogleに移られたことにはどんなきっかけがあったのですか。