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仕事にモチベーションがなかった私が、いつの間にか化粧品通販会社の社長になったキャリアストーリー

奈良 留美子さん 30代 代表取締役
株式会社スピカズ


1978年生まれ。大学卒業後、大手アパレル系企業に入社し、通販部に配属される。1年後、大手化粧品会社に転職。4年間、プロモーション部でイベント企画や運営に携わる。その後、女性向けサービスを少数先鋭で運営する会社に入社。在籍2年目の時、28歳で代表取締役に就任。自身が考え、出資して成功を収めた事業での起業を決意し、株式会社スピカズを設立。現在、代表取締役を務める。

美容サプリメントや化粧品の企画販売をおこなう株式会社スピカズで代表取締役を務める奈良さん。幼い頃から化粧品が身近にある環境で育ち、今では自身がプロデュースする化粧品の企画を行っています。一見、新卒の頃から仕事にモチベーションが高く起業家志望の方だったのかと思ってしまいますが、実は、社会人4年目くらいまでは仕事が好きではなかったということ。そんな彼女の少し変わったキャリアストーリーを伺いました。

“仕事がやりがい”というよりは“定時で帰ることがモチベーション”
予算、1億円を任された新人時代

―現在、代表取締役を務めていることからも美容一筋といった印象の強い奈良さんですが、大学卒業後に選んだファーストキャリアについて教えてください。

奈良:私が就職活動をした年は“就職氷河期”と呼ばれていた時期でした。だから、将来のキャリアを見据えて企業を選ぶというよりは、正直なところ、とにかくどこかの会社に入らなければという焦りの方が強かったですね。そして、当時の成長企業だった大手アパレル系企業に入社しました。

私が配属されたのは事業規模が小さいネット通販の部署でした。今はネットショッピングが生活に欠かせないものになっていますが、その当時はまだインターネットがまだ現在のように普及していなかったので、花形の部署とはいえませんでした。むしろ、どちらかといえば窓際の部署だったかもしれません(笑)。会社の事業はカタログ通販がメインだったので、新人のわたしは校正用のカタログをひたすらカラーコピーしていました。

当時は社会人1年目だったので、とにかく目の前のことをこなすのに精一杯の毎日で、「仕事にのめり込んでいたか」と聞かれると、そういうわけでもなかった気がします。ただただ仕事を捌くのに必死だったという感じですね。だから、正直1社目では仕事を楽しいとは思えませんでした。大手企業だったので研修が充実していて、社会人の基礎やマナーについては学ぶことができました。

―1社目を経験した後に、第2新卒で次の会社へ移られた経緯を教えてください。

奈良:社会人2年目の時も、新卒の時と同じで「勢いのある大手の会社で働きたい」というミーハー心で大手化粧品会社を選びました。アパレルから化粧品というのはかなり畑違いに見えるかもしれませんが、実は実家の母が美容師で昔の美容室は化粧品も販売していたんです。だから、子どもの頃から化粧品が身近な存在で好きだったんですね。それに加えて普段から私は通販をよく利用していたので、その2つに携われる仕事をしてみたいと考えて決めました。

―入社されていかがでしたか。

奈良:最初の3年間は本社で通販プロモーションを担当する部署に配属されました。当時の私は20代前半という若さで、月に扱う広告予算額が1億円のときも。そんな大きな予算を任されていたので、相当生意気な小娘になっていたと思います(笑)。

そして、広告代理店に丸投げする形で業務を回していたので、正直余裕で仕事を進めることができていました。また、予算もたくさんあったので、ジャブジャブ使って成果を上げていましたね。ただその反面、仕事に対してのモチベーションは全く上がらなかったんです。とにかく結果は出せていたので、毎日定時退社しては友人と遊びに行ってアフターファイブを満喫していました。

話しているところUP

終電まで仕事をする経験に衝撃!
「仕事って大変なんだ」と思った初体験

―その後、4年目の時にドラッグストアのプロモーションに異動されたということですが、なにか変化はありましたか。

奈良:ものすごい変化がありました。それまでの3年間は、先ほどお伝えした通りの楽な業務だったんですが、それが一転して一気に仕事づけの日々になったんです。その急変ぶりに最初はかなり辛くて大変な思いをしましたね。毎日がとにかく濃厚で、入社して初めて終電まで働くことを経験しました。

また、初めて仕事の辛さを感じたのもこの時期でしたね。当時の上司がかなり厳しくて、稟議書を何度上げても通らないことは日常茶飯事。業務も今までとはガラっと変わりました。それまでは与えられた予算も大きかったし、仕事も広告代理店とのやり取りだけだったので、大変なことといえば、女性が多い職場につきものの「人間関係」だけでした。それが、店舗の営業の話を聞いて、イベントや店舗でのプロ―モーションを企画する仕事に変わったんです。自分が業務で関わる人たち全員の関係性を考えて仕事しなければならなかったので、かなり苦労しました。

例えば、営業がプロモーションを企画して問屋さんと打ち合わせをするのですが、そこに店舗のバイヤーさんも絡んでくるので、現場ではいろいろな意見が飛び交います。「営業・問屋・店舗バイヤーの意見をまとめる」ことを、私が自分一人でしなくてはならなくなったんです。みんなの意見をまんべんなく取り入れ、複数あるドラッグストアの要望を1つにまとめなければならないという状況でした。さらに、それまでは湯水のように予算を使えていましたが、異動先ではいかにコストを安く抑えるかということが重視されていたので、それも私にとっては試練でしたね。

―すべてがガラッと変わったんですね! その時の奈良さんのお気持ちはいかがでしたか。

奈良:今振り返ると、当時はやりがいを感じていたというよりは、とにかくやらなくてはならないという追い詰められた気持ちだった気がします。同じプロモーションでも通販と店舗では大きな違いがあることを痛いほど実感しましたね。通販の業務は、ある程度自分たちの意思で好きなように進められていたのですが、店舗ではあらゆる方向から入ってくる意見をうまく立てて進めていくのが仕事なのでかなり違いがありました。実際にやってみて店舗側の業務は自分にはあまり向かないかもしれないと感じました。

ただ、当時店舗で初めてプロモーションを実施することになり、女の子を店頭に立たせるイベントを企画したのですが、当日、自分の企画が実現したのを目にした時には胸にジーンと込み上げるものがありました。このイベントの影響で店舗のチラシに自社の製品が掲載されることになったり、出荷量が増えたりもしたので、その仕事はモチベーションにつながりましたね。

異動前の3年間はプライベート中心の生活だったので、さすがに私も「これでいいのかな」と思いながら働いていました。その後の1年は、その前の3年間とは打って変わった生活になったんですが、何とかギリギリ業務は遂行できたんです。それで意外と自分は仕事ができるかもしれないと少し勘違いしていましたね(笑)。ただ人任せにするのではなく、自分の手で進める経験をしたことで、仕事に対しての視野が広がったとは思います。

占い師の一言がきっかけに大手から少人数の会社に身を置くことに!
初めて経験する営業職にも悪戦苦闘

―視野が広がる経験をされた後、次の会社に転職したきっかけを教えてください。