RWI_105

仕事にモチベーションがなかった私が、いつの間にか化粧品通販会社の社長になったキャリアストーリー

奈良 留美子さん 30代 代表取締役
株式会社スピカズ 


1978年生まれ。大学卒業後、大手アパレル系企業に入社し、通販部に配属される。1年後、大手化粧品会社に転職。4年間、プロモーション部でイベント企画や運営に携わる。その後、女性向けサービスを少数先鋭で運営する会社に入社。在籍2年目の時、28歳で代表取締役に就任。自身が考え、出資して成功を収めた事業での起業を決意し、株式会社スピカズを設立。現在、代表取締役を務める。

美容サプリメントや化粧品の企画販売をおこなう株式会社スピカズで代表取締役を務める奈良さん。幼い頃から化粧品が身近にある環境で育ち、今では自身がプロデュースする化粧品の企画を行っています。一見、新卒の頃から仕事にモチベーションが高く起業家志望の方だったのかと思ってしまいますが、実は、社会人4年目くらいまでは仕事が好きではなかったということ。そんな彼女の少し変わったキャリアストーリーを伺いました。

“仕事がやりがい”というよりは“定時で帰ることがモチベーション”
予算、1億円を任された新人時代

―現在、代表取締役を務めていることからも美容一筋といった印象の強い奈良さんですが、大学卒業後に選んだファーストキャリアについて教えてください。

奈良:私が就職活動をした年は“就職氷河期”と呼ばれていた時期でした。だから、将来のキャリアを見据えて企業を選ぶというよりは、正直なところ、とにかくどこかの会社に入らなければという焦りの方が強かったですね。そして、当時の成長企業だった大手アパレル系企業に入社しました。

私が配属されたのは事業規模が小さいネット通販の部署でした。今はネットショッピングが生活に欠かせないものになっていますが、その当時はまだインターネットがまだ現在のように普及していなかったので、花形の部署とはいえませんでした。むしろ、どちらかといえば窓際の部署だったかもしれません(笑)。会社の事業はカタログ通販がメインだったので、新人のわたしは校正用のカタログをひたすらカラーコピーしていました。

当時は社会人1年目だったので、とにかく目の前のことをこなすのに精一杯の毎日で、「仕事にのめり込んでいたか」と聞かれると、そういうわけでもなかった気がします。ただただ仕事を捌くのに必死だったという感じですね。だから、正直1社目では仕事を楽しいとは思えませんでした。大手企業だったので研修が充実していて、社会人の基礎やマナーについては学ぶことができました。

―1社目を経験した後に、第2新卒で次の会社へ移られた経緯を教えてください。

奈良:社会人2年目の時も、新卒の時と同じで「勢いのある大手の会社で働きたい」というミーハー心で大手化粧品会社を選びました。アパレルから化粧品というのはかなり畑違いに見えるかもしれませんが、実は実家の母が美容師で昔の美容室は化粧品も販売していたんです。だから、子どもの頃から化粧品が身近な存在で好きだったんですね。それに加えて普段から私は通販をよく利用していたので、その2つに携われる仕事をしてみたいと考えて決めました。

―入社されていかがでしたか。

奈良:最初の3年間は本社で通販プロモーションを担当する部署に配属されました。当時の私は20代前半という若さで、月に扱う広告予算額が1億円のときも。そんな大きな予算を任されていたので、相当生意気な小娘になっていたと思います(笑)。

そして、広告代理店に丸投げする形で業務を回していたので、正直余裕で仕事を進めることができていました。また、予算もたくさんあったので、ジャブジャブ使って成果を上げていましたね。ただその反面、仕事に対してのモチベーションは全く上がらなかったんです。とにかく結果は出せていたので、毎日定時退社しては友人と遊びに行ってアフターファイブを満喫していました。

話しているところUP

終電まで仕事をする経験に衝撃!
「仕事って大変なんだ」と思った初体験

―その後、4年目の時にドラッグストアのプロモーションに異動されたということですが、なにか変化はありましたか。

奈良:ものすごい変化がありました。それまでの3年間は、先ほどお伝えした通りの楽な業務だったんですが、それが一転して一気に仕事づけの日々になったんです。その急変ぶりに最初はかなり辛くて大変な思いをしましたね。毎日がとにかく濃厚で、入社して初めて終電まで働くことを経験しました。

また、初めて仕事の辛さを感じたのもこの時期でしたね。当時の上司がかなり厳しくて、稟議書を何度上げても通らないことは日常茶飯事。業務も今までとはガラっと変わりました。それまでは与えられた予算も大きかったし、仕事も広告代理店とのやり取りだけだったので、大変なことといえば、女性が多い職場につきものの「人間関係」だけでした。それが、店舗の営業の話を聞いて、イベントや店舗でのプロ―モーションを企画する仕事に変わったんです。自分が業務で関わる人たち全員の関係性を考えて仕事しなければならなかったので、かなり苦労しました。

例えば、営業がプロモーションを企画して問屋さんと打ち合わせをするのですが、そこに店舗のバイヤーさんも絡んでくるので、現場ではいろいろな意見が飛び交います。「営業・問屋・店舗バイヤーの意見をまとめる」ことを、私が自分一人でしなくてはならなくなったんです。みんなの意見をまんべんなく取り入れ、複数あるドラッグストアの要望を1つにまとめなければならないという状況でした。さらに、それまでは湯水のように予算を使えていましたが、異動先ではいかにコストを安く抑えるかということが重視されていたので、それも私にとっては試練でしたね。

―すべてがガラッと変わったんですね! その時の奈良さんのお気持ちはいかがでしたか。

奈良:今振り返ると、当時はやりがいを感じていたというよりは、とにかくやらなくてはならないという追い詰められた気持ちだった気がします。同じプロモーションでも通販と店舗では大きな違いがあることを痛いほど実感しましたね。通販の業務は、ある程度自分たちの意思で好きなように進められていたのですが、店舗ではあらゆる方向から入ってくる意見をうまく立てて進めていくのが仕事なのでかなり違いがありました。実際にやってみて店舗側の業務は自分にはあまり向かないかもしれないと感じました。

ただ、当時店舗で初めてプロモーションを実施することになり、女の子を店頭に立たせるイベントを企画したのですが、当日、自分の企画が実現したのを目にした時には胸にジーンと込み上げるものがありました。このイベントの影響で店舗のチラシに自社の製品が掲載されることになったり、出荷量が増えたりもしたので、その仕事はモチベーションにつながりましたね。

異動前の3年間はプライベート中心の生活だったので、さすがに私も「これでいいのかな」と思いながら働いていました。その後の1年は、その前の3年間とは打って変わった生活になったんですが、何とかギリギリ業務は遂行できたんです。それで意外と自分は仕事ができるかもしれないと少し勘違いしていましたね(笑)。ただ人任せにするのではなく、自分の手で進める経験をしたことで、仕事に対しての視野が広がったとは思います。

占い師の一言がきっかけに大手から少人数の会社に身を置くことに!
初めて経験する営業職にも悪戦苦闘

―視野が広がる経験をされた後、次の会社に転職したきっかけを教えてください。

奈良:それまでの2社は大手企業だったので人数も多く、自分は仕事の1部分しか知らないということを感じていました。会社全体がどのように回っているのかということに興味が沸いて、それが分かりやすいであろう小規模な会社で働いてみたいと思ったのがきっかけです。あとは仲良しの占い師さんに勧められたというのも理由の1つになります(笑)。小さな会社も見ておいたほうがいいと彼女に言われたことで、すっかりその気になってしまい、かなり軽いノリで決断したんですよね。

きっと私はどこかで自分を変えたかったんだと思います。占い師さんは、その気持ちを後押ししてくれたのかもしれません。そして、私の人生はここから変わりましたね。

―大手企業から少人数の企業に移ってみて、いかがでしたか。

奈良:入社した会社は女性向けメディアの運営と女性の意見を取り入れた商品開発・販売を行っている会社で、私は営業として入社しました。営業は初めてだったのですが、共働きの家庭だったのでずっと私の頭の中には専業主婦になるという選択肢がなく、これから一生仕事をしていくなら、1度は営業を経験しておいた方がいいと漠然と思っていました。

そこでは最初のうちは問屋さんに出向いて、自社の商品を店舗に置いてもらえるようにバイヤーさんに提案してほしいとお願いして回っていました。売り上げよりも店舗への導入数を追いかけていたので、まずは問屋さんと仲よくならなければ始まらない仕事でした。営業は初めての経験だったので、当時の私の武器はフレッシュさと明るさ、そして元気だけでしたね(笑)。そういう雰囲気を作ることを心がけていたら、徐々に導入件数も増えていきました。

―思っていたよりもスムーズに営業の仕事をこなせたということでしょうか。

奈良:全てが順調だったわけではなく、かなり苦戦したところもありました。この業界には基本的に1つの問屋さんとしか付き合ってはいけないという暗黙のルールがあるのですが、当時お付き合いのあった問屋さんが交渉してもなかなか動いてくれず、しびれを切らした私が別の問屋さんにアプローチしてしまったことがあったんです。話が進んで、やっと店舗導入が決まるという時に、元々お付き合いのあった問屋さんから怒られました。問屋さんが動いてくれなかったから、仕方なく行動を起こしたのに、それを怒られるのはとても理不尽だとその時は感じましたね。

業務ではとにかくいろいろな関係性を考慮しなくてはならなくて思うように進まず、どんなに地道に頑張っても努力が成果に結びつかないのが自分には合わないとも思いましたが、ここが人生の頑張りどころかもしれないと考えて忍耐強く働いていました。

2人商談している

会社の分社化がきっかけでなんと代表取締役に就任
人生初のマネジメントを経験することでぶつかる壁

―辛抱強く頑張られていたんですね!そんな風に営業をがんばっていたのに、どういう流れで代表取締役になられたのでしょうか。

奈良:はい。入社して1年ほどで会社の経営が過渡期に入り、存続のために既存の商品部門と女性メディア部門の2つを切り離すことになって、私は女性メディアの部門に配属になりました。その時に女性向けサイトの運営会社になるのであれば、社長は男性よりも女性のほうが良いのではないかという話になりまして。そこで当時、在籍2年目で28歳の私に白羽の矢が立ったんですね。かなり軽いノリで突然社長を任されることになりました。

こうして社員数5名の会社で人生初のマネジメントを任されることになり、早速また壁にぶつかりました。今まで経験したことのないメディアという分野で、WEBの知識がまるでなかった私はとても苦しんだのです。

―確かに自分が経験のない分野のマネジメントは大変そうですよね。その後はどうなりましたか。

奈良:最初はWEBのことは分からないから仕方ないと思っていたのですが、デザイナーさんに指示をしなければならない状況がすぐにやってきました。そこで、彼女の仕事を理解しない限りはやっていけないと思い、WEBの本を読んで自分でウェブサイトを作りながら勉強しました。だんだんとWEBサイトを作れるようになり、ようやく的確な指示が出せるようになりましたね。

一方、マネジメントの方では部下の子たちのモチベーションをどうしたら高めることができるのかについて悩むことが多かったですね。普段の会話や仕事の進み具合を観察して彼らのモチベーションを図れるように意識していました。

私自身はこれまでの人生でモチベーションを意識することもなくトントンとキャリアを積んできてしまったため、モチベーションが上がったり下がったりするということを理解するのがとにかく難しかったんですよね。そして、今でもマネジメントは得意な分野ではないと感じています。

苦労、苦労で人生のどん底だった2年間。辛かった日々の中で生まれた、
個人で1,000万を投資するプロジェクトが起業というターニングポイントへ

―慣れないことばかりで苦労の連続だったんですね。今改めて振り返ってみて、どんなお気持ちでしょうか。

奈良:その時期にタイトルをつけるとしたら「苦労に次ぐ苦労の2年間」や「人生のどん底!辛すぎた2年間」という感じですね。もちろん自分が作った会社ではなかったので、そこまでの愛着があったかと聞かれると自分でもよく分からないのですが、とにかくやらなくてはという気持ちはありました。

ちなみに何がそこまで辛かったのかというと、WEBサイトなので収益モデルが広告収入で会社の収益を上げるために広告代理店に営業して頭を下げなければならないんです。自分の力だけでは売り上げを作ることができない、人に頭を下げてお願いしなければならないということが、自分の性には合わないなあ、とすごく実感しました。

それでも、社長だし、売り上げを作らなければならないので、一生懸命考えて、そこで思いついたのが商品を作り、通販を始める事業でした。とはいえ、はじめるには商品をつくるためのお金が必要だったので、個人で1,000万を借りました。

―ご自分で1,000万円の借金をするとは大変な決断ですね!その事業はうまくいきましたか。

奈良:最初に作ったのは、ダイエットサプリメントでした。通販会社で働いていたわけですが、わたしがやっていた仕事は販売ではなく、プロモーション。右も左もわからない状態で、初回でいきなり1000万すべて投じて、15,000個の商品をつくりました。そしたら、半年間全く売れないことに。とはいえ、借りたお金は返すために商品を売らなければならないので、美容ブロガーさんに片っ端から連絡し、ブログ掲載のお願いのメールをたくさんしました。美容ブロガーのみなさんが協力的でブログで商品を紹介してもらえたので、その後の約2カ月で一気に売れて1,000万円の借金は無事に返済することができました。

このプロジェクトがきっかけで「独立してもやっていけるかもしれない」という想いが私の中に生まれました。そして、ちょうどその時期に私が代表取締役を務めていた会社を親会社が手放すという事になり、起業を決意しました。

かつては考えられなかった起業という道
困難があってもなにより自分の思い通りにできることで味わえる喜びと責任感

―起業という道を歩む決断をされたときの心境はどのようなものでしたか。

奈良:起業する前にビジネスモデルが確立していたことと、前職の人脈や知恵があったことで立ち上げは比較的スムーズだったと思います。そして、自分がお金を出して会社を作ったという部分で、これまでにない責任感が生まれました。ようやくこれからは自分の思い通りにできるということが単純に嬉しかったですね。

―現在、創立9年目を迎えたスピカズですが、これまでの中で辛かったエピソードがあれば教えてください。

奈良:もちろん、小さな紆余曲折はたくさんありましたよ。ただ、6年目あたりの時にもうこれは本当にダメかもしれないという最大の危機がありましたね。

資本金300万円の小さい会社なので、潤沢な広告資金があるわけではないので、広告はアフィリエイトだけにしました。最初の頃は、新規でどんどん商品を売る方法をとっていたのですが、時代とともに、リピーターを狙った売り方の方が主流となり、

うちも流れに乗ってリピートモデルに転換しました。すると、広告計算がうまく合わず、商品を売れば売るほど赤字になるという状況に陥ってしまいました。一方、皮肉なことに自社商品がコスメの口コミサイトで1位になったのもこの時期で、さすがに今までに見たこともないような赤字金額に震えが止まりませんでしたね。

―どうやってその壁を乗り越えられたのでしょうか。

奈良:その時は広告を適正価格に戻したことで乗り切ることができました。でも、そんな想像を絶する赤字が出てしまっても、不思議と会社をたたんでしまおうという気持ちにはならなかったんですよね。私は今までずっと上司やまわりから指示されるのが苦手だと感じて生きてきたので、大きな困難があっても人に指示されることなく、自分の力でクリアしていけるのが楽しく思えるんです。とにかく仕事を自由にやれるということが私には重要なのかなと。新卒の頃の自分からは考えられないような仕事に対する責任感や、のめり込む気持ちを持てるようになり、今はやりがいに満ち溢れています。

化粧品
※奈良さんがプロデュースした化粧品。ユーザーさんにすごく好評だそう。

会社だけじゃない美容を志す人たちが幸せになれるような
ネットワーク作りで多くの人の夢を叶えたい

―最後になりますが、今後の奈良さんのキャリアプランについてお伺いできればと思います。

奈良:そうですね。現在は独立して、ある程度売り上げも伸びてきた状態です。とはいえ、会社の売り上げは伸ばしていかなければいけないので、苦手なマネジメントの分野を克服してスタッフを増やしていきたいと思っています。

実は、4月から新しいスタッフが加わるので、いよいよ苦手なマネジメント分野に真剣に取り組むときがきたのですが、どんなにキャリアを積んでいっても、日々、課題の連続だなと感じています。

現在は、基礎化粧品をメインに販売をしているのですが、日々お客様と接していて、「自分の肌に合った化粧品を選び、正しいスキンケアができている」と自信をもって言える女性は意外と少ないように感じています。

それは、インターネット上を中心に“正しい情報”と“正しくない情報”が入り混じり、何が本当に正しい情報なのかをわからなくさせていることが大きな原因だと思うのですが、基本的なスキンケアの正しい知識を持っていれば、たくさんの情報の中から自分にあった正しい情報を選ぶことができるようになると思っています。

わたしのまわりには、美容家や美容ライターさんなど美の専門家も多いので、そのような方々の力をおかりして、例えばセミナーなどを開催して、正しい美容の知識を伝える場を作っていきたいと思っています。

とりあえず今は自分たちが作った商品をお客さまに気に入ってもらえることが、なによりもの私の原動力になっています。これからもお客さまに喜んでもらえるような商品を作りながら、お客様をはじめとした私に関わる全ての人が幸せになれるように一生懸命活動していきたいですね。

<奈良さんがプロデュースされている化粧品>
奈良さんがプロデュースされている『ナチュラルエレメンツ』は、肌にうるおいを与えるだけではなく、肌本来が持っている「うるおう力」を育て、細胞レベルから肌のコンディションを整えるというコンセプトのもと作られている化粧品です。