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憧れていた広告代理店で経験した泥臭い地道な営業。20代で得意分野を確立し、自分のコアを見つけた先に見えた新しい“30代の理想の生き方”

安田 裕子さん 30代 プランナー
株式会社オプト


2005年に広告代理店である株式会社オックスプランニングに入社。そこで充実した3年を過ごした後、業界トップの株式会社オプトに転職。前職の経験を活かして活躍する中、2011年に自ら希望し大手総合代理店に出向。激動の日々で実力がついた実感を得つつ、2014年に帰任後、現在はチームマネージャーとしてチーム育成に励む。

広告代理店の中でも様々な領域を担当しながら、スキルを磨き、結果を残してきた安田さん。右も左も分からない部署への異動に手を挙げるなど、常に前向きにキャリアを築いてきた安田さんには、今だからこそ感じる「働く」ことについての価値観があるようです。新卒時のキャリアから、現在に至るまでの率直なお気持ちを伺いました。

広告代理店への道を目指したきっかけは焼き肉チェーン店!?
男性には負けたくない、自立した女性になりたいという想いで広告代理店に入社

—新卒で広告代理店に入社しようと思ったきっかけは何だったのですか。

安田:もとから広告に興味があったというわけではなく、大学生時代に焼き肉チェーン店で販促のアルバイトを経験したことがきっかけでしたね。アルバイトでは、店内のポップやDM、FAXの原稿で自分の表現したものがお客様に伝わって、最終的にそれが売上として返ってくるという体験ができました。それが学生の私にはとても新鮮で、広告業界でもっと本格的にやってみたいと思い、広告代理店を目指すようになりました。広告代理店に行きたいという気持ちは、そのまま最後までブレることがなかったですね。

—学生時代から広告やマーケティングという仕事に魅力を感じていたのですね。当時の安田さんにとっての「理想の社会人像」と、1社目の企業を選んだ経緯について教えてください。

安田:学生時代は男性には負けたくないというバリキャリ思考でした。いつもスーツを綺麗に着こなして、カツカツとヒールを鳴らして歩くようなカッコいいキャリアウーマンになりたいと思っていましたね。

そんな理想像を思い描いて私が就職活動をしていた2005年は、就職氷河期を抜けるかどうかという厳しいタイミングで、広告代理店を片っ端から受けましたが、ことごとく試験に落ちてしまいました。

そんな中、OOH(アウトオブホームメディア)と呼ばれる交通広告やビルボード(屋外広告)、工事現場の仮囲いの壁面に期間限定で広告を出すという領域で、ラッピングバスの事業を始めたオックスプランニングに出会いました。新しいことにチャレンジしているところに魅力を感じて入社を決めました。

話しているところ

憧れの業界に入社するも、予想とは異なる泥臭い現場を
「石の上にも3年」の 精神で乗り切る

—実際に広告代理店に入社してみていかがでしたか。

安田:現実は私が思い描いていたドラマに出てくるような華やかな広告代理店の仕事とはかけ離れていて。毎日、新規100件のテレアポをしながら、いろいろな代理店やメーカーさんに営業をしていました。1年目は本当につらくて、メンタル的にも厳しかったなと思います。

営業してお客様に私自身を信用して頂いたり、納品物が世の中に出ていくのを見たりしているうちに、ようやく成果が後からついてくるようになったと感じたのが2年目の後半でした。

—そこまで大変な仕事を2年目の後半まで頑張ったモチベーションは何だったのでしょうか。

安田:とりあえず「石の上にも3年」というし、3年間は絶対に辞めたくないという強い気持ちがありました。誰に言われたわけでもないのですが、簡単に辞めてはいけないと思っていました。

2年目後半には、ただやみくもに商品を売るだけでなく、お客様のニーズが分かるようになったり、対等に話ができるようになったりして、専門性が少しずつ身に付いていることが実感できました。少しずつ自分で仕事をコントロールできる感覚を掴めるようになっていくことがモチベーションに繋がっていたのかもしれませんね。

日本有数の一等地での仕事。新人賞を受賞することで自信を掴み、
納得のいく形で次のキャリアへ

—特にこれはやりきったという印象的な仕事はありますか。

安田:ファッションブランドの代理店様を担当した時ですね。銀座4丁目の交差点は日本有数の一等地で、たくさんのビルボードがありますが、一流ブランドが年間契約で入っている場所なので、なかなか空きが出ません。

それが、たまたま掲出の契約が終わるお客様がいるという話を聞いたので、チャンスだと思って代理店様に掲出の提案をしました。そうしたら、ぜひ掲出したいという話になり、とても大きなビルボードをその後、数年間出してもらえることになりました。当時の私にとっては、あの場所に広告を出せたこと、自分の手掛けた仕事が“モノ”として存在することが大きな喜びでした。そして、これは新人賞をいただくきっかけにもなり、自信にも繋がった印象深い仕事でした。

2人ではなしているところ

3年間やり切ったという納得のいく状態でセカンドキャリアへ。
新しい職場では手応えを感じつつも「まだこれから!」という思い切りで
まったく未経験の分野に手を挙げ挑戦する

—成果も出てやりがいも感じている中、次の会社で移ろうと思ったのはどんなきっかけがあったのでしょうか。

安田:1社目の会社は、ポジティブに仕事をして自分に納得ができたら3年で次のステージに行こうと決めていました。

その時、気になっていた会社が2社ありました。それが総合広告代理店とオプトでした。迷ったあげくオプトに入社を決めたのは、クロスメディア部というデジタルと4マス(4大マスメディアの意味で新聞、テレビ、雑誌、ラジオを指す)の連携をミッションとする部署があったことが大きな理由です。

その当時は、特にその領域が盛り上がってきていたタイミングでもあり、クロスメディア部であれば、自分が今まで培ってきた屋外広告のスキルが役立てられるかもしれないと考えていました。それに加えてオプトはこの業界で一番先を走っているイメージがあったことですね。そういう点から、だんだんとオプトへの気持ちが強くなり、その気持ちを伝えたところ、トントン拍子に面接が進み、入社が決まりました。

—前職での経験を活かしながら、新しい仕事へのチャレンジをされたと思いますが、イメージ通りに仕事を進められましたか。

安田:初めのうちは手応えを感じていました。でも、クロスメディアはオフラインなので、オプトの本業であるオンライン広告と比較すると、メディアの購買力や企画力、クリエイティブ領域では劣る部分もあり、力不足を感じるようになったんです。

その後1年半ほどクロスメディアの部署にいたのですが、今後のキャリアを考えるとオンライン広告のことを知っておきたいと思いました。未経験の分野なので不安が大きかったのですが、27歳だから、まだ挑戦できる!と考え、思い切って異動希望を出すことにしました。

社内でも大きな期待と責任がかかる部署への異動。
右も左も分からない中で、苦手なことと向き合う

—異動希望は通ったのですか。

安田:はい。バナーの純広告が全盛期の時に、メディアコンサル部というメディアプランニングと提案をする部署に異動になり、その中でも社内の売上シェアが大きい業界の担当になりました。異動希望は通ったものの、社内でも大きな期待と責任を負う部署に異動になったときは不安でいっぱいでした。

異動した当時はCPA(顧客獲得単価)という概念さえも知らないほどに右も左も分からない状況でした。お客様より知識がない状況の中でメディアプランを提案しなければならず、とにかく大変だったのを覚えています。

—かなり大変な状況だったのですね。特に何が壁になりましたか。

安田:まず、エクセルや数字が苦手でしたね。数多ある広告メニューのなかからお客様に合う実績のものを計算し組み合わせて提案していくという、苦手分野に向き合う日々を送っていました。さらに勤務時間も体力的に厳しかったのですが、チームの雰囲気や成長意欲が高い人たちに囲まれていたことは壁を乗り越える大きな支えでした。

私自身、20代のうちは修行だと思ってつらいことも頑張ろうと考えていました。自分が強い分野というものを20代のうちに確立しておきたいという目標があったので、大変な中でも後悔したり、辞めようと思ったりしたことはありませんでしたね。

でも今思うと、メディアコンサル部の仕事は自分の得意領域ではなかったかもしれません。常に頭を悩ませていた記憶があります。でも、当時の私の考えは苦手意識をもってしまったら成長もできないというものだったので、「何でも経験!」という前向きな気持ちで目の前の仕事に向き合っていた気がします。

20代の集大成と言える時代!大手広告代理店への出向で様々な感情を味わうことになった濃密な2年半

—苦手なことに向き合う日々を送りながら、その後もメディアコンサル部に長くいたのですか。

安田:実は2005年から大手広告代理店と協業を開始することになり、協業先に出向できるシステムができ、出向希望調査が実施されました。チャレンジしてみたい気持ちがあったので、よい機会だと思って手を挙げました。

4マスを含めた総合的な視点でデジタルメディアを扱うことで自分の視野も広げられることに魅力を感じていたんです。メディアコンサルとして自分の力量不足を感じていたところではありましたが、出向を決めました。結果的にこのタイミングで出向して良かったと思っています。

—出向中はどんな日々でしたか。

安田:出向中はデジタル担当として、営業職を担うことになり、まさに20代の集大成!というほどに私の人生の中でもいろんな感情を体験した濃く充実した2年半となりました。とても楽しくて、辛いことや、悲しいこと、悔しくて涙することもあったけど、私の社会人人生の中でも大きなインパクトのある時期でした。

本

元々は保守的だった性格。今まで味わったことのないプレッシャーや刺激により大きな成長を感じる――。

—20代の集大成ということで大きな変化もあった時期だと思いますが、具体的にはどんな変化がありましたか。

安田:出向前の自分は保守的なタイプでした。あまり背伸びもしないし、自分の経験の範囲内でしかチャレンジをしないような少し臆病なところがあったんですが、出向してからは、「出向先の社員」としてお客様に対峙しなければならないというプレッシャーがあって変わってきましたね。

自意識過剰だったかもしれませんが、オプトを背負って出向しているというプレッシャーにも毎日さらされていたし、期待していただいている出向先の会社にもきちんと成果を残したいと考えていましたから、保守的になっている余裕なんてありませんでした。

お客様やパートナーに期待に応えたい想いで背伸びを続ける日々でしたが、同時に自分が成長していくことも日々感じられました。また、周りの上司や先輩方の振る舞いや言葉遣い、気遣いなどには学ぶべき素晴らしいところがたくさんありました。

具体的には、お客様の納得感がより得られる説明の仕方や、振る舞い、パートナー企業との関係性の築き方といった、社内的にも社外的にも仕事をうまく進めるための考え方や行動ですね。ビジネスを円滑に進める上で必要なスキルを本当に多く学ばせてもらいました。そして、戦友とも呼べる大切な仲間もたくさんできました。

その道のプロフェッショナルに囲まれて働いたことで、自分の仕事のレベルを引き上げることができたと感じています。

激動の出向期間の経験を通じて自分らしく働ける得意分野を確信。自分の実力を試し、自信に繫がる

—2年半の出向を終えてオプトに戻った後は、どのようなキャリアを歩んでいますか。

安田:オプトに戻ってからは、“どんなターゲットにどういうメッセージを伝えれば、商品・サービスの魅力が伝わるか”というコミュニケーションの設計やプランニング全般を担当しています。

今の仕事で、出向経験はかなり役立っていますね。出向時に、自分は数字では表現できない感情やメッセージを表現して、相手に想いを伝えることが得意だと気づいたんです。そういう仕事が自分の性に合っているというか、自分らしくいられる感覚がありました。だから、出向先から弊社に戻るときに、上司に得意分野を活かせる仕事で会社に貢献したいと伝えたんです。現在所属しているブランディング領域の仕事では自分の強みを活かせていると思っています。

実は、出向先で自分の実力が付いてきているとは実感していました。ただ、大企業の看板を背負っていただけで、その看板がなくなったときに同じようにパフォーマンスを出せるのか不安に思っていたんです。でも結果的には、環境が変わっても自分のパフォーマンスは落さず、お客様の前で堂々と話せるようになっていました。自分でも嬉しくなってしまうほど間違いなく力がついていることを肌で実感したんです。

たとえば、以前の私だったら、数字を使って緻密な計算をして、大量のデータを元に提案をしても、うまくお客様にお伝えできないことがありましたが、今では1つのキーワードを書いたパワーポイントだけでも、十分にお客様に提案ができるようになりました。自分の思いがしっかりとお客様に伝わっている感触を持てて、初めて自分の得意分野はこれだと確信できました。

なので、今は自分の求められていることと、できること、やりたいことのベクトルが合ってきている感覚がやっと持てるようになってきて、これまでチャレンジしながら積み上げてきたものが間違いではなかった、と確信しています。

ロゴ

マネジメントを通じて個人としてだけではなく、
チームとして成果を出すことの大切さを実感。
30代に入り、自分らしく働くことに対しての価値を見出す

—ご自分のコアを確信されて、今はマネジメントもされているんですよね。

安田:はい。チームマネージャーとなりもう少しで1年半経ちますが、現在も悪戦苦闘中です。最初は「自分がやった方が早いし、もっとうまくできる」とか、「自分がチームを引っ張らなければ」という気持ちばかりが強かったんですが、最近は自分ではなくてメンバーがチームを引っ張っていけるような環境を整えることがマネジメントの役割だということに気が付きました。

仕事をしていく上では、良い意味での諦めが必要だと思います。自分がすべてやってしまうと、メンバーのモチベーションは下がりますし、スキルも伸びません。そのやり方では結果的に組織がうまく回らないことを実感して、組織としてどう強くあろうかという考え方にシフトすることができました。

そして最初のうちは、メンバーよりも圧倒的に知識がないとマネジメントをする資格がないんじゃないかと考えていて、とても苦しかったんです。でも、私たちがやっている領域であるデジタルブランディングはまだ比較的新しい市場だし明確な答えがないものなので、正解が分かる人なんていない。新しい市場や答えをメンバーと一緒に作っていけばいいということに最近ようやく気付きましたね。

—個人で成果を出し、マネジメントも経験された今、今後はどのような目標を持っていますか。

安田:ここ1〜2年は目標を探しています。社会人になってからは目標がなかったことがないので、少々戸惑い気味ではあります。20代は自分のコアとなる柱を作ろうと思っていて、それは実現できたし、全社MVPという賞をいただくこともできました。

私は20代をがむしゃらに働いてきましたが、最近は働くだけが人生じゃないような気がしてきています。結婚して子供を生んだり、親と過ごす時間をもっと増やしたりするといった、家族を大切にする価値観が自分の中で大きくなってきていますね。仕事ももちろん頑張りたいですが、30代はもう少し割合を減らして、仕事人としての自分だけではなく、個人としての生活も充実させていきたいです。

20代は働くことが修行だと考えていたし、30歳前後の出向時には働くことが生きることだと思っていました。もちろん、それも間違っていたわけではないと思いますが、今は「働くことは自分らしくいること」という感覚が強いかもしれませんね。

だれかと比べるのではなく今後も自分らしく働き続けられたら本当に幸せだろうなと思います。