RWI_108_0220

「チームの成功なくして自分の成功なし!」をモットーに日本と世界の架け橋として活躍するカスタマーサポートウーマン

加藤 ゆうきさん 30代 カスタマーサポート
株式会社メルカリ


1986年生まれ。16歳でアメリカに移住し、サクラメントシティカレッジを卒業。ウェイトレスのアルバイトを経て、2009年に大手外資IT企業
に入社する。アプリ開発者向けのカスタマーサポートを経験した後、サンフランシスコへの転居に伴い、2013年に大手日系人材企業に転職し、営業職に従事。現地で結婚し、29歳で日本に帰国。2015年5月に株式会社メルカリにカスタマーサポートとして入社。2016年5月からはメルカリUS版のカスタマーサポートを担当している。

急成長中のフリマアプリ『メルカリ』を運営する株式会社メルカリで、アメリカ向けのカスタマーサポートを担当している加藤さん。日本でも人気の『メルカリ』の世界進出を第一線で支える彼女に、これまでのキャリアについてのお話を伺いました。

バイヤーに憧れてウェイトレスのアルバイトをしていた大学生のわたしが
運命の巡り会わせか、アメリカの大手IT企業へ入社

―加藤さんは高校生の時にアメリカに行かれたそうですが、どのような経緯があったのでしょうか。

加藤:高校生の時にアメリカに住むことになったのは、私の意志ではなく親の都合でした。自分が行きたかったわけではないので、高校を卒業したら日本に帰りたいと思っていましたが、突然母親が亡くなってしまったんです。それで日本に帰るに帰れず、アメリカに残ることを決めました。その後はレストランでウェイトレスのアルバイトをして学費を稼ぎながら、短大に通う生活をしていました。

そんなある日、レストランで仲良くなったお客さんが「今、うちの会社で日本語を話せるバイリンガルの人を募集してるよ」と教えてくれたんです。詳しく聞いてみると大手IT企業で、日本語のサポートオフィスを新設するということでした。ダメ元で応募してみたところ、思いもよらず入社が決まりました。

―そんなご縁があったんですね。もともとIT業界に入りたいという希望があったのでしょうか。

加藤:実はそれまでIT業界に入りたいと思ったことはなく、昔から洋服や古着が好きなので、バイヤーになりたいと思っていましたね。その為、そのIT企業が販売しているパソコンを触ったこともないという状態で、まさに未知の世界に飛び込んでしまった感じです。でも、ウェイトレスの仕事だけでは経済的に厳しいと感じていたので、せっかくのご縁だし、挑戦してみようと思い入社を決めました。

日本語対応のサポートオフィスは、最初は日本にあったのですが、運営がうまくいかなかったようで、一時的にアメリカに拠点をおいて、その後はシンガポールに移す予定になっていました。それで私はアメリカに拠点がある期間だけ、一時的に契約社員として入社したんです。しかし、想定以上にアメリカでの運営がうまくいったので、シンガポールに拠点を移す話がなくなり、入社してから半年後には正社員になることができました。

話しているところ

怒涛の毎日
意識の高い仲間たちと働くこと仕事にのめりこんでいったわたし

―IT業界の知識が全くない状況でお仕事をスタートしてみてどうでしたか。

加藤:入社後、最初の仕事は新商品のカスタマーサポートでした。当時のメンバーは5人。カスタマーサポートは24時間対応のはずが、メールの返信を2週間待たせてしまうケースもあるほど大量の問い合わせが届いている状況で、かなり忙しい毎日を過ごしていました。

そんな怒涛の日々が続く中でも、自分たちの力で成功させようという「意識の高い」メンバーが揃っていたので、お互いに助け合っていたし、チームの士気も高かったですね。チームのみんなの存在が、仕事をがんばる原動力になっていました。

特に、4歳年上でまだ若手のマネージャーには常に良い刺激をもらっていました。かなりやる気のある方でしたね。そのマネージャーがいるから、正社員としてずっとこの会社で働きたいと思っていたほどだったんです。

―素敵なメンバーに恵まれたから、忙しいお仕事も続けられたんですね。その他にも、頑張ることができた理由があれば教えてください。

加藤:自分の視野が広がる経験ができたことが大きかったと思います。例えば、お客さまがアプリで作ったアルバムを実際の商品にして届けるサービスがあったんですが、商品説明に「注文から3~4日で発送」と記載があるにも関わらず、実際は発送までに1週間以上かかってしまうこともありました。

そこで商品説明を訂正するか、もっと早く発送できる体制を整えた方がいいのではないかと、上司に掛け合ってみたのですが、それが全く通らなかったんです。その時、上司に言われたのは「遅れた場合には返金しなさい」という指示でした。商品がきちんと届いているのに返金をするという指示は、当時の私には全く納得できませんでした。

でも次第に、商品説明の表記1つを変えるだけのことが、とても大変なことだというのを理解できるようになってきたんです。私は自分が働いている現場のことしか考えていませんでしたが、全世界にサービスを提供している状況では、文言を少し変えるだけの作業でも莫大なコストがかかるんです。

だから、納期に遅れた分を返金で対応するという判断は妥当だったということに気づきました。会社として、どこへ向かっているのか、どこへ進むべきかを当時は考えることができなかったんですよね。こういったことの積み重ねで、だんだんと自分の視野が広がっていったのだと思います。

100人のメンバーを4人でマネジメント!
ラストマンとしての責任の重さの自覚

―大手IT企業では4年間勤務されていますが、仕事内容に変化はありましたか。

加藤:正式にアメリカに拠点を置くことが決まってからは積極的に採用を行い、入社2年目からマネジメントを担当するようになりました。指導する立場になってからは責任感が増して、わからないところは誰かに聞けばいいというような甘い考えは一切なくなりました。気が引き締まって、精神的にも成長できたと思います。また人に教えることで新しい発見や発想に触れる機会もあり、私自身も学ぶことが多かったですね。

当時は100人近くいたメンバーを4人でマネジメントしながら、製品がどんどん新しくなるので自分たちの知識も常にアップデートしていく必要があって、とにかく目の前の仕事をひたすら必死にやっていました。

そんなある日、他の部署のマネージャーからスカウトされたんです。それまでの私の仕事ぶりを評価していただいたようで、本当に嬉しく思いました。部署異動は今では珍しいことではないですが、当時はまだ前例がなく、周りのみんなも驚いていました。私がそんな「前例」を作ったということも嬉しく感じました。そしてスカウトを受けることに決め、ディベロッパープログラムサポートというアプリ開発者向けのサポートをする部署に異動しました。

2人話しているところ

この先も今の仕事を続けられるのか?!
心の葛藤と、昔憧れたバイヤーの夢

―仕事が評価されてスカウトされるというのは嬉しいことですね。異動してみていかがでしたか。