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自らのキャリア形成よりも“会社にとって足りないものは何なのか”を考え、行動し続けてきた縁の下の力持ちの女性執行役員

若槻 愛さん 30代 執行役員 COO
株式会社和心


1984年生まれ。高校卒業後、2003年に株式会社和心に入社し、販売員として1年間勤務。その後、2004年に株式会社タスコシステム入社。飲食業界で1年間店長を務める。再び、2005年に株式会社和心に入社し、4年間管理部で経理業務と広報業務に携わる。その後、2010年に友人3人とPR事業会社の株式会社III Three立ち上げて5年間運営に携わる2015年に株式会社和心に3度目の入社をし、管理部からマーケティング部、コト事業部を経て、執行役員(COO)に着任。

現在、株式会社和心で女性執行役員として活躍中の若槻さん。高校卒業後、札幌から上京して販売・店舗運営・経理・広報・マーケティング・PRとさまざまな領域の仕事を経験してきました。どの領域においても成果をあげ続けた若槻さんの現在に至るまでのキャリアについて伺いました。

今まで得意だと思っていた接客の仕事で大苦戦
結果を出せない現実に自信喪失した上京1年目

―現在のキャリアのルーツになるような幼少期の体験があれば教えていただけますか。

若槻:私の家は貧しいけれど幸せな家庭でした。働き者の母は、私にいつも倫理に基づいた考え方を教えてくれていました。そんな母の姿を見ていたので、「仕事をすること」自体を子供の頃からずっと楽しみにしていましたね。高校を卒業して入った会社が現在在籍している株式会社和心です。和心の社長は私のいとこなんです。

―初めての就職先が初めての東京で、しかも親戚の方が設立したばかりの会社で立ち上げスタッフをされたそうですが、どのような状況でしたか?

若槻:当時はスタッフが5人くらいしかいなかったので、販売員もしながら備品管理、商品管理、VMD、店長業務、会議のまとめ、広報……何でもやりました。でも、私は販売が苦手すぎて全く売れなかったので、入社1年で和心を1度辞めているんです。その頃、扱っていた商材がシルバーアクセサリーで、販売力が問われる商材だったので売れる販売員と売れない販売員で、売上に1.5倍以上の違いが出ていました。

これまで、飲食店やガソリンスタンドでアルバイトをしてきて、いつも「笑顔がいいね。」と褒められていたし、自分は接客が得意だと思っていたんですが、肝心の“物を売る”という部分がどうしても苦手だということを知りました。まさか、得意だと思っていた接客業でこんな挫折を味わうとは考えてもいなくて、すっかり自信喪失してしまいました。

中でも一番辛かったのが、会社に貢献できていないということでしたね。今なら一つくらい苦手なことがあっても他の仕事で貢献できると思うのですが、5、6人しかいない中で売れないスタッフができる仕事はありませんでした。メンバーには可愛がってもらっていましたが、ただひたすら悔しい経験でした。

話しているところ

「もう一度自分が光り輝く場所で返り咲きたい!」と駆け込んだ飲食店での店長時代

―自信喪失した社会人一年目を経て、次の新しい仕事はどんな内容でしたか。

若槻:和心を辞めてから、上場企業の飲食店に入りました。当時の私はろくに就職活動をしたことがなく、日本で3番目に大きい企業といわれても、あまりピンとこなかったし、世の中にはたくさんの仕事があるということすら知りませんでした。

そして、その時はまだ18、9歳だったので、販売は上手くいかなかったから、高校の時に褒められた接客でもう1度輝きたいという気持ちでいっぱいでしたね。そこで、札幌でアルバイトをしていた時に知り合った人に声をかけられて、20歳の時に店長をやることになりました。

―店長業務では、どのような工夫や試行錯誤をしましたか?

若槻:今思い返すと、母や、直属の上司、当時つきあっていた人など、仕事についていろいろと教えてくれる人たちがまわりに多かったですね。

お店には大学生から40代まで幅広い年齢のアルバイトが働いていましたが、ほとんどの人が私より年上でした。でも、店長は私なので年上の相手でも指示を出したり、意見を言ったりしないといけない場面がありました。そんなときには、「立場や年齢が上の相手に意見を言わなくてはならない時は、最初と最後の挨拶をしっかりとしなさい」と母から教わっていたので、「生意気言って申し訳ないんですけれど…」といった言葉から始めて、「いつも頑張ってくれてありがとうございます」といった言葉で締め、言うべきことはしっかりと言うようにしていました。

また、当時おつきあいしていた人が慶応の大学院生で、彼にはマネジメントについて教えてもらいました。それは、「ただ指示を出されているだけでは、働いている人のモチベーションが上がらないので、例えば『お店が暇なとき、何をしたらよいと思う?』と質問をして、そこで出てきた仕事をやってみてもらえばいい。その仕事は自分たちで考えたことだから、楽しく仕事ができるはずだし、頑張ってくれるはず」という考え方など。周囲の人にいろいろなことを教えてもらって、そのとおりに実践していたのが20歳前後の働き方でしたね。

―得意分野の接客業では、周りからの評価やご自分の感触はいかがでしたか。

若槻:その時は評価してもらえていたのですが、今思えばまだまだでしたね。当時は売上をそれなりに作ってもいたし、アルバイトの管理もできていました。でも、店長というものはそれだけでなく、広報やマネジメント、在庫管理、接客マニュアルの作成もしなくてはいけないんです。それはとても良い経験になりましたね。

その後、お店がフランチャイズに買収されたので、アルバイトを残して社員の私はいなくなることになったのですが、その時にはやりきった感でいっぱいでした。

和心を最初に辞めた時には飲食店で店長をやりたいという夢を持って飛び出し、1年で夢がかなって次の目標を探しました。

着物

経営を垣間見たことで“人の夢のサポーター”を目指す

―接客業で達成感を得られた後、次はどういう方向にいこうと考えましたか。