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Real Woman Interview

結婚式というプロセスを通して「意志をもって生きる人を増やしたい」と邁進する女性リーダー。働くことも子育ても私の人生にとって欠かせないもの

遠藤 理恵さん 30代 最高執行責任者
株式会社CRAZY


経営者である父を持ち、高校時代から「将来は経営者になる」という目標を掲げる。2006年に人材教育コンサルティング会社に営業職で入社。社内の表彰では全ての賞を受賞し、約2年で退職。2006年に化粧品企画事業、エステサロン事業の会社を数社経験した後、2012年、株式会社CRAZYを創業メンバーとして立ち上げる。2015年に第一子を出産し、2016年4月に復帰。現在、同社CRAZY WEDDING最高執行責任者を務める。

産休から復帰してすぐにCRAZY WEDDING最高執行責任者に就任し、現在子育てをしながら活躍する遠藤さんにこれまでのキャリアと、今後についてのお話を伺いました。

父のように”自由な生き方”をしたいと思い、将来は経営者になることを目指す

―CRAZYの創業メンバーとしてご活躍してこられた遠藤さんの大学卒業時のキャリアについて教えてください。

遠藤:少しさかのぼりますが、私は高校生の時、父のような自由な生き方を将来したいと思ったんです。父は自分のやりたいことを仕事でもプライベートでもしていました。母はきっと苦労していたと思います(笑)。その時に父の肩書きが経営者だったので単純に経営者になれば父のように生きられると思い、経営者になろうと思っていました。

高校ではバスケに夢中になっていて、全国優勝を目指して日々部活に明け暮れていました。強豪高校だったこともあって、バスケ部の同級生のほとんどがスポーツ推薦で大学を決めていたんですが、私は大学受験のタイミングでバスケをやめて普通に受験しました。

大学では「世界を見たい」と思って国際開発援助のゼミに入り、アルバイトも遊びもやりたいことは全部やるという学生時代を過ごしました。

そして就職活動では自分の目標である「経営者」になることをベースに、また日本の社会をもっと元気にしたいとも感じていたので、様々な企業の説明会に参加しました。その中でも、一番成長できると思った人材教育コンサルティング会社に決めました。

営業が好きではなかったが、“経営者になるため”と思い、まずはトップセールスマンを目指す

入社していかがでしたか?

遠藤:営業職で入社したんですが、入社当初から「トップセールスマンになる」と決め日々働いていました。それは尊敬する社長に「経営者になりたいなら、トップセールス、トップマネージャーになることだよ」と言われたからです。かなり単純ですよね(笑)。

初めての営業は、やはり大変でしたね。私は個人のお客様に対して公開研修をご提案すること、顧客フォロー、そしてセミナー運営がメイン業務でした。お客様と会うために、ある企業の責任者に交渉し60名ほどのほぼ男性の営業マンの前で15分ほどのプレゼンをさせていただき、終わったら名刺交換をし、後日アポイントを取りご面会するということもしていました。

当初、お客様から冷たくあしらわれることもあり、営業の仕事自体はあまり好きではありませんでした。それでも、トップセールスになるという目標にむけて、トレーニングや行動量を増やし、入社して2、3ヵ月ぐらいになると、お客様からの紹介だけで売り上げを立てられるようになりました。

腰かけている

お客様が応援してくれたから、たどり着けた結果

―たった2、3ヵ月でお客様の紹介で営業に行けるようになるなんてすごいですね。成功の秘訣はなんですか?

遠藤:私のお客様は経営者や個人事業主の方が多かったのですが、仲間はもちろんいるけれど、全て自分の責任であるからこそ、「孤独」を感じている方も多かったのだと思います。そこで、自分が経営者だったらという観点でお客様と関わり、連絡などもするようにしていました。例えば、売り上げを締める前日とか。もちろん特に用事のない時にも、連絡を入れて状況をうかがったりしていましたね。純粋にお客様が大好きでした。

あとは、自分が学んだことで、その人に役立ちそうな情報を共有するようにしていました。特に新人の私が上司に勝てることはスピードだと思っていたので、お客様からのご依頼に対しては即対応ということで動いていました。そうすると、お客様に「理恵ちゃん、いつもありがとう!」と喜んでもらえましたね。そういう小さな積み重ねが、お客様との信頼に繋がっていったんだと思います。

あとは、「トップセールスになりたければ、トップセールスをお客様にすると良い」という上司からのアドバイスをきき、ドキドキしながらトップセールスマンと言われている方に会いにいき、そしてお客様になっていただくということをしていました。そうすることで、お客様の私への関わり方から、なぜその方が結果を出しているのかの全てが学べたように思います。そして、私の代わりにたくさん営業し紹介してくださいました(笑)。

その結果、2年間営業していたのですが、社内で受賞できる賞は全て取ることができました。
今でも当時のお客様とは仲良くさせて頂いています。

初めてのマネジメントはできない人の気持ちが分からずに挫折

―たった2年で「トップセールスマンになる」という目標を達成されたんですね!
目標を達成してから、次にどのようなことをされていましたか?

遠藤:入社2年目からはリーダーとして、メンバーを持つことになりました。そこで、人生初めての挫折を経験しました。なかなかメンバーの売上が上がらなかったんです。私が当たり前にやっていたことが、メンバーにはできないということが多かったんです。それをどのようにしたら出来るようになるかまで明確に伝えてあげることができませんでした。

今考えると2年目でそんなにうまくいかないこともあると思うのですが、当時はそんな現実を上手く受け止めきれなくて、自分の数字まで落ちてきてしまいました。それを見ていた上司から、「また、プレーヤーに戻り一億円プレーヤーを目指しなさい」と言い渡され、私は3ヶ月でリーダーからプレーヤーに戻りました。そこからまた自分の業務に集中し数値は戻って行きました。

2人

挫折を繰り返した暗黒時代

―2年間で営業タイトルを全てとりCRAZY を立ち上げるまでも順風満帆だったのですか?

遠藤:いえいえ。新卒ではいった会社を2年でやりきったと当時は思い、「経営者になるために!」と辞めて次のチャレンジに進みました。

今おもえば社会人2年で何がやりきっただと思うのですが・・・(笑)当時はそう思い全く別の美容関係の仕事につきました。

ただ、入った会社がことごとく私に合わず、転職を短期間で2度ほどしました。その頃、自分の価値を初めて疑った時だと思います。毎日夜泣いていました。こんなはずじゃなかった。こんな私になるためにずっと頑張ってきたんじゃない。そう思っていました。母の前で一度も泣いたことがなかったんですけど、その時は辛すぎて母の前でも泣きました。母は私と一緒に泣いてくれて「理恵なら大丈夫。もし失敗したら帰って来ればいいんだから。あなたらしくチャレンジし続けなさい。」と言ってくれたんです。

その時に母の強さと温かさを感じ、「ただ強いだけではなく、強くて優しい、凛とした女性になりたい」と思うようになりました。

暗黒時代は1年半くらい続いたのですが、その時は本当にこんな人生嫌だと思っていました。今思えばあの頃があったから今の私がいると思います。

27歳。理想の自分になっていないことに気づき何かを変えなくてはと思った

―その後、どのようにしてCRAZY創業となったのですか?