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Real Woman Interview

いつまでも“言い出しっぺ”でありたい!主体的に仕事をする楽しさを知って芽生えた“ベストセラー商品”をつくる夢。

下国良子さん 40代 商品開発


新卒で大手化粧品メーカーに就職。営業、秘書、営業企画、商品企画を担当する。その後、1999年に美容機器・エステサロンを運営しているベンチャー企業へ入社。2005年に一児を出産した後、2007年に大手化粧品メーカーに商品開発職で入社。現在、2児の母。

今回は、化粧品業界を軸に様々なキャリアを歩まれ、二児の母でもある下国さんにインタビューさせていただきました。

訪問販売が本当に嫌で実家に泣きついた時もあったけど、実演で突破口を開いていった新卒営業

―新卒時に化粧品業界を選んだ理由と、入社当初のエピソードをお聞かせください。

下国:私には学生のころからずっと働き続けたいという気持ちがあったので、「女性が長く働ける業界はどこだろう」と考えながら就職活動をしていました。周りには広告代理店、マスコミ、銀行などを選ぶ友人が多かったのですが、私は自分に合いそうだと感じた大手の化粧品メーカーに入社を決めました。

その会社では、新卒社員全員がまず営業に配属されて、一般家庭への飛び込み訪問販売をするんです。「カラー判定しませんか?」、「スキンケアに興味はありませんか?」という営業トークで必死に営業していました。

―飛び込み営業では、満足のいく結果は出せましたか?

下国:それが、いくらやってもなかなか成果を出すことができず、とても苦しかったですね。しかもノルマがあったので、とても大変でした。

辛くて仕方なくて、よく実家に「辞めたい」と電話をして泣きついていました(苦笑)。そんな中、突破口となったのが身体を張った実演販売でした。当時は美白美容液を販売していたので、わざと2本の指に指輪をして日焼けの跡が残るようにしておいて、片方の指にだけ美白美容液を塗り続けて、営業の時に、「片方だけ指輪のあとが残っています。こちらは残っていません。このエッセンスを塗り続けた結果、ほら!日焼けのあとがこんなに違うんです。」と、2本の指の差を見せるというやり方をしてみたんです。これには興味を持ってくれる女性が多く、お客様が増えました。

そして、半年ぐらい訪問販売を経験した後、秘書の部署に異動になりました。

「あなたのせいで、会社を辞めます」…
初めてのマネジメントは苦い味

―飛び込み営業から秘書では、また業務内容も大きく変化しますね。

下国:そうですね。現在の会長が当時は社長でありオーナーだったんですが、かなりパワフルな方で今でも尊敬しています。秘書の仕事では急な依頼が多くて、例えば赴任した当日にも「今から大阪に行ってもらうから、泊まりの準備して」と言われて、初日から泊まりがけで食事会などの同行をしたり、飛行機やヘリを乗り継いだりしていましたね。

秘書の仕事はハードではありましたが、各業界の重鎮的な方々との食事会が頻繁にあり、「何か学べるのではないか、おもしろいのではないか」という期待感を常にもって仕事をしていました。

そして、そのまま2年が経ち、私の下に後輩が入ってきたんです。そこで初めてのマネジメント業務を経験することになりました。

―入社3年目でマネジメント業務をされることになったんですね。マネジメントはどうでしたか?

下国:当時は、マネジメントというものが全くわかっていなかったんですよね。自分が新人の時の先輩たちは私達新人に仕事を任せて、定時退社して習い事に行くような働き方をしていたんです。だから、マネジメントはそういうものだと思って同じようにしていたんですが、その結果、後輩たちの反感をかってしまったんです…(苦笑)。

そして、これは未だに忘れられないのですが、3つ年下の後輩が会社を辞める時、「あなたのせいで会社を辞めます」と、かなり怖い顔をして言いに来たことがありました。
可愛がっていたつもりの後輩に、そんな風に言われてかなりショックでしたね。今考えると、後輩たちが私に求めていたのは「一緒に汗をかき、悩みを共有しながら二人三脚で仕事をしてくれること」だったんだと思います。それを深く考えずに、目の前の後輩たちに向き合うこともなく、ただ過去の先輩たちと同じようにしてしまった…。周りが全く見えていなかったんですね。それが初めてのマネジメントの経験でした。

-そのようなことがあったんですね。当時マネジメントをするにあたって、下国さんの中にはどういった考えがあったんでしょうか?

下国:先輩たちもやっていたし、先輩と後輩ってこんなものなのかなと同じようにやってました。自分も経験として同じようにされていたので、当たり前だと思って悪気なく仕事を任して帰っていました。よく部活の先輩にこうされたから、こうするってあるじゃないですか。それと同じです。

ただ、相手の気持ちを捉えていたかでいうと、仕事を押し付ける先輩の真似をしながらコミュニケーションをしてしまったので、結局は目の前の後輩たちと向き合えてなかったんです。今となっては反省しかない、苦い経験になりました。

その後は、また部署異動があり、次は営業企画の仕事をすることになりました。

台の上に足をのせて「この透け感が…」と自らが考案したタイツの宣伝をしてみたり・・・
主体的に動くことで体感した仕事のおもしろさ

―営業企画ではどのようなお仕事をされていたのですか?

下国:営業企画では、新製品が出た時に、それを各支店に割り当てる数のコントロールを主におこなっていました。この仕事をやって初めておもしろいなと思うことがあったんです。そこで、ギフト商品のカタログを作る仕事をしたことがあったんですが、ただ商品を羅列しただけのパンフレットだったものを、なんかいまいちだなと思っていた私は、売れそうな商品をピックアップして大きく載せるように変えてみたんです。そうしたら、売上が大きく跳ね上がって、これはおもしろい!と思いましたね。

秘書業務は受け身の仕事だったので、実はこれが初めて自分が主体となってプロジェクトを動かした体験でした。自分で仕事をハンドリングするおもしろさを体感できた瞬間でしたね。

また、3年間の営業企画では、ボディファッションの事業を担当したことがありました。化粧品がメインの会社だったので、ボディファッションには十分な人員を割り当てておらず、企画、教育、販売、在庫管理、発注など、全ての業務を1人で担当していました。1人でなんでもやる経験は、まるで事業主になったような体験をすることができて、「商売はおもしろい」という今までになかった感覚を味わうことができました。

在庫と売上のバランスを考えたり、「これはちょっと作りすぎちゃったから、どうやって売っていくか」と、作りすぎた製品をなんとか工夫して売ったり、プロモーションのイベントを企画してみたり、とにかくコツコツとやっていました。毎晩遅くまで働いていましたね(苦笑)。

在庫の管理は印刷した紙でおこなっていたのですが、その紙がとても長くて・・・。例えば、タイツひとつをとっても、MサイズやMLサイズをはじめ、大人の女性が多いのでLLLサイズがあったり、それに加えてカラーが7~8色のバリエーションがあったので、その在庫数が書かれた紙に定規をあててひとつずつチェックして、在庫を切らさないようにするという地道な活動と、不良品の対応もおこなっていました。

―それはハードな環境ですね。でも大変な反面、おもしろさを感じていたということですよね?

下国:そうですね。そういう裏方の仕事の他に、新しい商品が完成したら、みんなの前でプレゼンをする場があったんです。

そこで、なんとか印象に残してもらえるよう、新商品のタイツを履いて台の上に足を乗せて、「この透け感が」とか面白おかしくプレゼンをしたりして、その時はちょっと先輩に怒られたというようなこともありましたが(笑)。自分が考えた商品を最後まで見ていられるおもしろさがあり、それを使ってくれた人からの喜びの声も聞くことができて、とても楽しい経験をすることができました。

そこで初めて知った「ゼロから立ち上げるおもしろさ」が、今の商品開発の仕事に繋がっているのだと思います。

話しているところ

創業者の近くにいたからこそ、成功より失敗の記憶が多い中突き進み続けた
「何か新しいことをやってやろう!」というアグレッシブマインド

―営業企画の仕事ではすぐに満足いく結果が出せたのでしょうか?また、どのように取り組まれていたのでしょうか。

下国:すぐには結果が出せず試行錯誤していました。最初はその業務の筋が全然わからない中でやっていたので、先輩に習いながら仕事を進めていましたが、ある程度慣れてきたら、いろんな数字を自分なりに見て、思いついたことをどんどん試していました。

また、周りの人に相談したり、自分で考えたりして「何かできないかな」といつも思っていました。その頃20代だった私は、人のアドバイスを聞いたり、先輩から習ったりしたことをそのままやればいいとは思えなくて、自分がやりたいという気持ちが先に立っていたんですよね。それと、「新しいことをどんどんやりなさい」という考え方の創業者の近くにいたことで、アグレッシブなマインドが培われていたということもありますね。

創業者の近くにいた影響でいうと、数字を読む大切さを学ばせてもらったこともすごく活きました。技術系出身でバリバリの理系脳の方でしたので、売上のデータ集計など数字の意識が強く、毎朝数値の報告をしたりしていたため、その時に数字の意識をすごく植え付けてもらいました。

でも思い返すと、成功より失敗の記憶の方が多いですね(苦笑)。夏にちょっとセクシーな下着の企画を立てたら全然売れなくて…。ニーズに対してちょっとやり過ぎてしまったようで、数年経っても「まだ在庫あるよ」って言われていました。そういう失敗もたくさんしましたね。

「言い出しっぺで企画することが好き」という原点
今後の働く軸となった化粧品の商品企画の仕事

―その後、商品企画のご経験をされたと伺いましたが、そこでのエピソードを教えてください。

下国:たまたま私の仕事ぶりを見ていた化粧品チームの先輩から「化粧品やらない?」と声をかけられ、メイクアップのチームに異動になりました。そのチームには1年ぐらいしかいなかったんですが、その1年がとても濃い1年で、今の私の土台になったと言っても過言ではないですね。

そこでは、化粧品を作ること、大きく捉えると商品を作ることのおもしろさを知ることができました。ボディファッションでも商品を作ってはいましたが、あくまでもサブ事業だったので商品の開発自体はOEMを利用していたんです。化粧品の場合は会社のメイン事業なので、自社の研究所や工場もあり、いろんな人や組織と関わって社内で商品を作っていきます。商品作りのおもしろさを初めて知って、本当にすごくおもしろかったですね。

ちなみに、私をこの部署に誘ってくれた先輩は、とても怖い存在でもありました。今も“師匠”として大尊敬していますが、企画書を出すたびに「あんた、本当にこれで売れると思ってんの?」と言われ、何度も突き返されていました。「うん!これでいこう!」となかなか首を縦に振ってくれず、きつかったですね。ボディファッション事業をやっていた時も仕事はきつかったのですが、それとはまた別のきつさを体験しましたね。ほんとに企画が通らなくて、通らなくて(笑)。

でも、企画が通った時の嬉しさと、自分が“言い出しっぺ”になって企画を立ち上げる面白さを知ることができました。研究所や工場の人たちが自分の作った企画を「よし!わかった!」と推進してくれて、商品ができることが楽しくて本当にハマりましたね。

最近気づいたんですが、私は“言い出しっぺ”になるのが好きみたいで。友達を呼んだパーティーを企画することもあるのですが、そこで他の人が楽しそうにしているのを見ていると幸せな気持ちになります。

-「言い出しっぺで企画して作り上げていくことが好き」という原点があったんですね

下国:正直なところ、自分がそういう性格だということは最初は意識してなかったんですけどね。いろんな仕事を与えられて、目の前のことをこなしていく中で、企画して人を喜ばせることが好きな自分がいることに気づいたというか、芽生えてきたという方が感覚的には近いかもしれません。

―営業企画もされていた中で、商品企画の仕事にはスムーズに順応することができたのでしょうか?

下国:1年間は本当に必死でしたよ。生みの苦しみと言いますか…(苦笑)。
商品企画は華やかでクリエイティブな楽しい仕事に見えますが、なかなかいい案が出ないこともあります。消費者側にいたときには化粧品を見るのは楽しいことだったのですが、生み出す側になると化粧品を見るのも、雑誌を読むのも苦しいときがあるんです(苦笑)。銀座三越などの百貨店の化粧品カウンターを回って「これいいかも」「やっぱりダメだ」と、自問自答しながら店内をウロウロしていた毎日は、結構辛かったですね(苦笑)。でも、その時の地道な活動は後の仕事に生かせるいい経験になりました。

ただ、残念だったのが、商品の制作途中に部署異動が決まり、企画は出したものの商品の完成までは見届けられなかったことですね。
そして、再び営業企画に異動となりました。

「やり遂げたい」の気持ちが原動力に
毎晩遅くまで働きながらも苦にもならず、駆け抜けた20代後半

―自分が考えた企画は、やはり最後まで見たいですよね。

下国:そうなんです。化粧品作りの魅力にすっかりハマってしまって、営業企画をやっていても、「化粧品を作りたい」という思いが募るばかりで…。その思いをどうしても振り払うことができなくて、社会人9年目にして新たなキャリアの選択を模索し、美容機器とエステサロンを運営しているベンチャー企業で働くことにしました。

-今度の会社は化粧品作りとは少し違う気もするのですが、どうして入社されたのでしょうか?

下国:その会社はエステサロンが中心ではあったんですが、「エステサロンで扱う化粧品の企画を全て1人でお任せします」と言われたことが入社の決め手となりました。
しかし、出社してびっくりしたのが、ベンチャーの混沌とした感じといいますか…。会社に泊まった男性社員の靴下が社内に落ちていたり、リーダー格のメンバーが毎晩0時くらいまで社長とミーティングをしていたりするような会社だったんです。そんな状況を見て「とんでもないところに入ってしまったかも」と思いましたね(苦笑)。

―それは不安になる展開ですね。入社前のイメージとは違いがありましたか?

下国:入社前からベンチャー企業であることは知っていたので、これまでとは違う環境だろうとは思っていたんですけど、はるかに想像を超えてきましたね(笑)。実は結婚をしたところだったので「少しくらい失敗しても生きていけるだろうからチャレンジしてみよう!」という気持ちがあって、シングルの時よりも思いきった選択ができたというのはあります(笑)。

また、前職で、このまま営業企画でただ数字を作ってるだけだと消化不良で、なにか化粧品を作りたいって気持ちが勝ったんです。だから、化粧品作りをやらせてもらえるのなら「とことんやってみよう!」という気持ちで飛び込んでいたので、そんな状況でもポジティブな気持ちの方が勝っていましたね。

―実際にベンチャー企業で働いてみてどうでしたか?

下国:社内には「化粧品のことなら下国さんに聞いて」という空気があって、全て任せてもらえたのが嬉しかったですし、それがやりがいにも繋がっていました。
ただ、私よりも化粧品に詳しい人が社内にいないことは不安でもありました。そこで、外のネットワークを広げようと思い、いろいろな企業の方が集まるセミナーに行ってみたり、ちょっとしたコネがあれば、美容ライターさん達にも挨拶する機会を作ってもらったりして、不安要素を払拭できるような取り組みをしていました。

とにかく会社からは自由にさせてもらっていたので、自分の思うように動けたのが良かったですね。

―なるほど。では、「不安」というよりも「楽しさ」が先行していたようなイメージですか?

下国:楽しさというよりは、「何かをやり遂げたい」という気持ちのほうが強かった気がします。毎晩遅くまで働いていたのですが、全然苦にはならなかったですね。

商品開発しているところ

相手の土壌に飛び込むことで、仕事の好循環が生まれた

―「何かをやり遂げたい」という気持ちで挑まれて、実際いかがでしたか?

下国:最初の3年程は、地道に仕事と向き合いながら、周りの方々との信頼構築をした期間だったように思います。働き始めた当初は「何かをやり遂げたい!」という勢いの塊みたいな状態だったのですが、そこに他の社員の方々との温度差を感じました。

そこで「どうしたらみんなとうまくやれるだろう」と考えたんですが、その突破口になったのが、会社の主力商品である36万円の美顔器を購入したことでした。社員のみんなが一番愛してやまない主力商品の良さを自分で体感し、共感が生まれました。それで、商品の話題に入れるようになって、みんなとの距離がぐっと縮まったんです。

それからは、サロンの先輩方が話を聞いてくれるようになったり、話しかけてもらえるようになったりして、職場環境がどんどん変わっていきました。この経験から「信頼関係を築くためには、相手の土壌に飛び込んで一緒に体感することが大切」ということを学びました。

―相手の土壌に飛び込む…大切ですが、難しいことですよね。当時の下国さんの課題について教えてください。

下国:当時、課長職に就くことになり、マネジメントをする機会をもらったので、前回のマネジメントの苦い経験を生かすべく気合を入れて臨みました。でも、今度は頑張り過ぎちゃって、ただの空回りになってしまったんですね。どうしたらいいのかわからずに悩んでいるうちに、会社の方針で課長職をなくすということになり、結局1年程しかマネジメント経験ができず、不完全燃焼に終わるという結末になりました。

出産後の復帰は会社との温度感のずれに苦しむ日々に――
そして再認識した”わたしと仕事”の優先順位

―一般職に戻った後について教えていただけますか?

下国:その後は、子どもができたので産休、育休をとっていました。その間に会社の代表が変わり、復帰しようとした時に契約社員への変更を打診されたんです。会社としては子育てへの配慮だったようですが、かなりショックを受けました。これまで築いたポジションがゼロになった感覚でしたし、復帰後には重要なミーティングからも外されることもあって、休みの前とはかなり扱いが変わってしまったんです。
もちろん、そのおかげで責任が軽くなり、子育ての時間が取りやすくなったとは思いますが、私の場合は納得がいかない気持ちの方が強かったですね。

実は育休中、いろんな業種のママさん達とコミュニケーションをとるようにしていたのですが、その中で感じたことは、やっぱり美容業界が肌に合うということです。女性にパワーを与える業界なので、そこで働いている女性もパワフルで明るい方が多いですし、自然に相手に気配りができる方も多いと思います。

だから、自分もずっとここで仕事を頑張っていきたいと、化粧品業界に対する想いが募っていました。でも、待ちに待った復帰で待ち受けていたギャップに衝撃を受けたんです。
「やる気はあるのに仕事を任せてもらえない…」というジレンマが、だんだんと自分の中でストレスになっていきました。

そして、ちょうど息子が体調を崩しているときにそのストレスを息子にぶつけてしまうこともありました。そんな状況を目の当たりにして「私は何をしているんだろう、こんな状況ではいけない」と、環境を改善するために新たなキャリアを選択する決意をしました。

大手化粧品会社へ、風土の違いに戸惑うも前に進めた上司の言葉
「下国らしく、個性は変えなくていい」

―次に入社されたのが、大手化粧品会社ということですが、どのような環境でしたか?

下国:いくつか候補はあったのですが、運よく現職である大手化粧品会社の商品開発のポジションで働けることになりました。もともと新卒採用で人材が足りていて中途採用を積極的にはおこなっていなかったようなんですが、ちょうど新しい風を入れたいという会社の意向があって運良く入社することができたんです。

会社の風土としては、スピード重視で勢いがあるような感じではなく、堅実で安全性第一というような感じです。前職のやるせない気持ちをバネにしてかなり気合をいれて入社した私は「そんなに焦らなくていいよ。しっかりと確実に進めていけばいいから」という指導を受けました。今までと違いすぎて戸惑う部分もあったのですが、当時の役員の女性から「新しい風を入れる為に入ってもらったんだから、下国は下国らしく!個性は変えなくていいからね!」と言ってもらえたことがきっかけで、少しずつ前進することができました。

それから、入社して3年目頃に初めて担当した商品がヒットしたんです。お客様からも喜びの声やお褒めの言葉をいただいて、やっと満足のいく仕事ができたと感じましたね。

地道なことを腐らずにやる努力が今を創る

―すごいですね!たくさんある化粧品の中でヒット商品を作りだすことはとても難しいことですよね。

下国:とても難しいですね。もちろん、そのヒット商品を生み出したのは私だけの力ではなくて、チームみんなの働きがあってこそ、いろんな要素が重なったからこそできたことなんです。自分1人の力ではヒット商品を生み出すことなんてできないですね。1人の力ではなくて、いろいろな人、組織のタイミング、すべてが融合した時にパッと売れるのだと考えています。

ベンチャー企業にいた時に、大手化粧品メーカーで長年、美容課長をされていた80代の方がコンサルをしてくださっていたんですが、とても素敵な方で、たくさんのことを指導していただいたんです。それこそ精神的には苦しい作業だったんですが、雑誌での情報収集についても、「情報収集は絶対にやり続けた方が良い」とアドバイスをいただいて、雑誌の切り抜きやパンフレットなど化粧品の記事をずっとコツコツ貯め続けていました。

その方のおかげで、腐らずにやってこられた6年間があったからこそ、今があるんだと思います。もし仮にその6年間がなかったとしたら、美容業界のトレンドからは置いていかれていたでしょうね。常に業界のトレンド情報をキャッチすることは、ヒット商品を生むための大事な土台になるので、今後も地道な努力を続けていくことが大切だなと考えています。

立っているところ

ずっとリピートし続けてもらえる、ファンになってもらえる、
そんなロングセラー商品を作りたい

―コツコツ積み重ねていく努力って、本当に大事ですね。
そんな下国さんが考える、今後のキャリアについて教えていただけますか?

下国:自分の作った商品のファンを増やしたい。長くリピートし続けてもらいたい。いつかそんな風に多くの方に愛されるロングセラー商品を作りたいと思っています。

ベンチャーで働いていた時は1人のお客さまに深く商品を気に入っていただく、そんなアプローチをしていました。そういうアプローチも好きなんですが、今の会社ではCMなどでアプローチできるという大きな武器があるので、ベンチャーの時とはまた別の楽しさがあります。先日、担当した商品では、CMで今話題の芸能人を起用して、やはりお客様へのリーチが格段に広がり、売上も大きく変わりましたね。

今の会社には、30周年を迎えた商品があるんですが、そこまで長くお客さまから愛される商品はなかなか作れません。普通は商品のサイクルはとても短かくて、作っては入れ替え、作っては入れ替えの繰り返しのビジネスになっているので、みんな疲弊しちゃっているんですよ。つくる側はもちろん、お客さまも情報収集に疲れちゃって、一体何が自分に合うかわからないような状態になっていると思います。

私があと十数年、定年まで頑張れたら、「この商品は私の生活からなくなると困る」といった空気みたいに、人の心にスーっと入り込んでいけるような、そういう化粧品を作っていきたいなと思っています。

裏方だとしても企画の言い出しっぺとなり、女性をハッピーにしたい

―とても素敵な目標ですね!ところで、下国さん一個人としての働く目的とは、一体なんなのでしょう?

下国:私は、凄くシンプルに「女性をハッピーにしたい」と思っていて、自分が将来ずっと働き続けられる環境に身を置かせてもらいながら、女性が元気になれるようなサポートをしたいと考えています。それが自分なりのミッションですね。

少し前までは、そのミッションを実現するために、自分が先頭に立つイメージしかなくて、「40代の自分はきっとブランドものを身に着けて、カツカツ歩いているんだろうな」なんて想像をしていたんです。でも、いざ40代になってみるとそうではなくて、「自分は裏方でもいい」と思うようになったんですよ。

そう思えたのは、子どもたちのおかげなんです。例えば、空手の練習でも試合でもお母さん達が、いい感じで子供のサポートに回っているんです。自分が主役ではなくて、子どもを活躍させる為にお母さん達がいろいろなスタイルでお互いがうまくサポートしている姿をみて、「こういうのも素敵だな」と気づかされました。表で先頭をきることも素晴らしいことだとは思いますが、裏方でも誰かのハッピーを後押しすることができると、母親になったことで学びました。

でも、やっぱり“言いだしっぺ”は自分がやり続けていきたいと思っています。少しおこがましいのですが、「自分の発案がなければこの人たちのハッピーはなかったのでは?!」と思える程のハッピーを作れるようになれたら、本当に素晴らしいですよね。その夢の実現のためにも今後も仕事と真剣に向き合っていきたいです。