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「将来はITと“何か”を結びつけ、新しいものを生み出していきたい。」-プロジェクトマネージャーの経験を通して見えてきた将来のキャリアプラン。

前當 祐希さん 20代 エンジニア
株式会社Socket

高等専門学校を卒業後、20歳で大手IT企業にエンジニアとして入社。約4年間勤めた後、スタートアップ企業を経て2015年5月に、現職である株式会社Socketに入社。エンジニアとして従事している。

大手IT企業を経て、プロジェクトマネージャーを経験したのち、スタートアップ企業でキャリアを積んできた前當さん。いろんな経験を通して、メンバーの一人ひとりのバックグランドなどを理解したうえで仕事を進めていくことの大切さに気づかれたそうです。今ではITの可能性を信じ、いろんな挑戦をしていきたいという彼女にお話しを伺いました。

自由自在に形になるプログラミングの面白さに気がつき、エンジニアとしての道にのめり込む。

―高等専門学校を卒業されてからの、前當さんのキャリアについて教えて下さい。

前當:私は沖縄出身で、沖縄にある高等専門学校に入学しました。エンジニアに興味を持ち始めたのはちょうどこの頃からです。もともと運動をすることが苦手だった私は、プログラミングの面白さに引き込まれました。というのも、自分が書いたプログラムが自由自在に動くので、それが非常に気持ちよくて、どんどんのめり込んでいったんです。自分で物を作る面白さに目覚め始めた時に、本格的にエンジニアを目指し、高専を卒業後は20歳で上京し、大手IT企業に入社しました。

管理職を目指して入った大手企業。2年目にはプロマネになる。

―なぜその会社にご入社されたんですか?

前當:沖縄県にあるベンチャー企業なども受けており、選考もすすんでいました。しかし、プログラミングは好きだけど得意ではなかった当時の自分からすると、ベンチャー企業は即戦力を求められる部分も多い為、ハードルが高いように感じたんです。ですので、教育制度がしっかり整っている大手企業に入社することにしました。
そして20歳という若さで入社するからには、定年まで勤めて管理職に就き、女性でも楽しく働けることをみんなに伝えられたらいいなと、かなり気合いが入っている状況でした(笑)。

―すごく意識が高い中でご入社されたんですね! 実際、ご入社されてみていかがでしたか?

前當:そうですね。最初に配属された部署が、10年以上続いているソフトウェアの保守を担当している部署だったんです。多くのお客様に導入していただいているソフトウェアだったので非常に大切な部署でしたが、その分自分の仕事が見えづらく、やる気に満ち溢れている状態で入った為、少しイメージとのギャップを感じていました。
そのような状況下ではありましたが、その部署に在籍しながら、多種多用な現場で使っていただけるソフトウェアの仕組みや自分の知らなかったプログラムの書き方を理解する為に、今あるシステムのコードを地道に全て読んでいき、知識のインプットをしていました。あとは、サーバーの管理などを経験させてもらいましたね。約4年間在籍していたうちの2年間は、そのように仕事をしていました。

話しているところ

チームリーダーとして様々な雇用形態の社員と一緒に仕事を進めることで、見える景色が変わった。

―2年間そのように従事された後は、どのような仕事をされたんですか?

前當:2年目の半ばに、少し忙しいプロジェクトに携わることになったんです。そのプロジェクトはもともと3ヵ月くらいの期間の小さなプロジェクトだったのですが、できた製品を今度は商品化しようという話になり、その準備をすることになりました。それで私がちょうど入社して2年目の終わりぐらいの時に、そのプロジェクトのマネージャーとして仕事をすることになったんです。

実際は、そういった役職名などはつけられていないのですが、ただプロジェクトマネージャーの先輩が別の仕事で忙し過ぎたことで、私がその仕事の役割を果たすことになりました。
その役割を担ってからは、プロジェクト作業や計画の段取り、進行状況の管理、予算案の作成などをおこない、そのプロジェクトに関わる全ての業務を担当させていただいていました。プログラムも、この時期に一番書きましたね。凄くスキルが身に付いた時期だと思っています。

多い時で6名程度のチームメンバーがいたのですが、その中には時短勤務をされているママさん社員もいました。そういう方は、お子さんがインフルエンザにかかった時などはどうしてもお休みしなくてはいけないこともあったりするので、そういう部分を自分がカバーする為にも、必死でプログラムを書いていました。1年程このような業務をおこない、商品化されるまでプロジェクトの先頭に立って仕事をしていましたね。

―ご自身の中でもこちらでの経験は非常に大きかったのではないかと思います。
実際、この経験の中で、前當さんにとってどのような気づきがありましたか?

前當:2つの立場で、気づきと学びがあった時期だったと思っています。
まず1つは、プロジェクトマネージャーとしての学びです。自分より経験が少ない後輩や、時短勤務のママさん社員、そして雇用形態もバラバラな社員が、1つの船に一緒に乗ってプロジェクトを進めていくとなった時に、チームメンバーのそれぞれのバックグランドや考え方を理解、認識することが非常に大切だと学びました。そしてそれを認識した上で、自分がプロジェクトマネージャーとして、「どこに気を遣いながら足りない部分をカバーし、プロジェクトを進めていくのか」を考えるということが重要だと実感しました。

2つ目は、エンジニアとしての立場で、商品化する為の一連の流れを学べたことですね。1つの製品を商品化することは非常に長い道のりでして、製品ができてから、その分析や検査があり、会議もあり、名前をつけて商標登録をおこない…など、本当に多くのステップをクリアしていかなければなりません。

正直当時は、「なんでここまでシステムチェックするんだろう。ここまで確認しなくても、ちゃんと動作しているのに…」という気持ちがありました。しかし、実際に一から製品を作ることになると、どういったステップが必要で、どのくらいテストすれば安心してお客様に提供できるのかという物差しを自分の中に持つことができたことは、エンジニアとして非常に大きかったと思います。ここで培った判断の土台があるからこそ、今まさに、自信をもって社内システムを作る業務を進められているのだと実感しています。

PC

自分の視野を広げたいと思い、次のキャリアを歩むことに。

―非常に貴重なご経験だったのですね!
前當さんは管理職を目指されていたと伺いましたが、その後働く環境を変えられたことには、どのような経緯があったのですか?