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ユーザーが本当に求めているものをこの手で生み出したい――そんな想いを胸にキャリアを積み、議論を可視化するグラフィックレコーダーとしても活躍している女性UXデザイナー

清水 淳子さん 30代  UXデザイナー / グラフィックレコーダー
ヤフー株式会社
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多摩美術大学卒業後、web制作会社に入社。その後、デザイン会社であるWATER DESIGNに入社する。2013年、ヤフー株式会社に入社。データ&サイエンスソリューション統括本部でユーザー体験を分析し、サービス改善に結びつける業務をおこなう。議論を可視化するTokyo Graphic Recorderとしても活動中。
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ヤフー株式会社にてUXデザイナーとして活躍されている清水さん。また、企業の会議や議論をリアルタイムで可視化するTokyo Graphic Recorderでグラフィックレコーダーとしても活動する彼女に、ご自身のキャリアについて伺いました。

図工が大好きだった小中学生時代。自らの「好き」を将来に活かすべくデザイナーを志し、美術大学に進学。

―清水さんはなぜUXデザイナーを目指されたんですか?

清水:もともとUXデザイナーになりたいと思っていたわけではなく、幼少期からとにかく絵を描くことが好きだったんです。図工の時間が楽しくて仕方ない小中学生でしたね。デザインという世界を意識し始めたのは、その当時読んでいた雑誌の背表紙に、ファッションデザイナーになるための専門学校の広告が掲載されているのを見たことがきっかけでした。小学生ながら非常に憧れて、ファッションデザイナーになりたいという夢を持ったんです。

高校生になり、将来のことを真剣に考え始めた時に、果たして本当にファッションデザイナーになりたいのかを自問しました。そして、それは単なる漠然とした憧れで、本当に作りたい服があるわけではないことに気がついたんです。
そんな「さてどうしよう…?」という時に、原研哉さんの『デザインのデザイン』という本に出会いました。お恥ずかしい話ですが、この本を読んで初めて、 “デザイナー=ファッションデザイナー” ではなく、デザインとは世の中のさまざまな課題を解決する仕事であることを知りました。

とは言うものの、一生の仕事としてデザイナーを選ぶことに不安もあったのですが、本の最後に「デザインという世界は一見つかみがたいところがあって、流行やトレンドとともにふわふわと社会の中を漂っているように思われているふしがある。だから興味があっても、自分の一生を賭して入っていく世界ではないと考えられているのではないか。

デザインの世界はちゃんと地面に足をつけて歩いてゆける世界である。興味を持ったら、しっかりと地面を踏みしめて入ってきてほしい」と書かれていました。この強いメッセージから「デザイナーになろう!」と思い、多摩美術大学に進学しました。

卒業制作
(多摩美術大学での卒業制作 michi no oto 高速道路を走る車の映像を解析して、車が通ると音に変換される。)

―大学時代の清水さんは、「どのように仕事をしたい」という希望はお持ちだったんですか?

清水:大学時代は、様々な角度からデザインについて学ぶことが単純に楽しかったんです。なので卒業後の就職先については、「デザイン関係の仕事に就ければ」と漠然と思っていたので、自分の手で制作物を作ることができそうなweb制作会社に入社した、という経緯になります。

クライアントの意図を汲み取れない環境では、ユーザーの気持ちを理解できないままにデザインすることになる…それは自分が求めるデザイナー像とはかけ離れていた。

―ご入社されて、いかがでしたか?

清水:アシスタントデザイナーとして先輩のサポートからスタートしましたが、非常に楽しかったです。今思うと、この期間にたくさんのスキルを身に付けたのだと思っています。野球で言うと、選手として試合に出るというより、ひたすら筋トレをするような感覚ですね。デザイナーとしての手仕事をじっくりと磨くことができたこの経験は、とても貴重だったと思います。

ただ一方で、クライアントの声が直接聞こえにくい環境だったこともあり、その頃の私はユーザーの意見はおろか、クライアントの意図さえも理解し切れないまま、制作に取り掛かることが多々ありました。

もちろん、デザイナーとして手仕事を磨くことは非常に重要なのですが、もっとクライアントの近くで、“何の目的のために、どんなデザインが必要なのか?”ということを考えながら手を動かすようなスタイルで仕事をしてみたいと思うようになりました。

PC

―制作会社のデザイナーは、そういうお気持ちになられる方も少なくないと聞きます。
清水さんはどのようなデザイナーさんになりたいとお考えだったのですか? そして、そう思われた後はどうされたのですか?

清水:手仕事がみるみる上達していく代わりに、「本当にユーザーが必要としているデザインを生み出せているのか?」という葛藤がありました。そして、「ユーザーについて一番理解しているクライアントと、しっかりコンタクトを取れる環境に身を置きたい」と考えるようになりました。

ただ、そんな思いとは裏腹に、それらを実現できる程のスキルやノウハウは、私はまだ持ち合わせていませんでした。「クライアントは美しいデザインだけが欲しいわけではなく、ビジネス的な成果が確実に欲しい。」…それは理解していたつもりですが、デザインをビジネスに活かす方法が全く解らない上に、どこかの学校に入り直すお金もありませんでした。

そこで、元・博報堂のコピーライター小霜和也さんと、アートディレクター米村浩さんが無料で運営しているノープロブレム無料広告学校に応募しました。毎年10名の枠に対して、100名以上の応募がある人気の学校ですが、私は運よく入ることができたんです。そこで、「クリエイティブで、クライアントの求める成果を戦略的に生み出すためには具体的にどうしたらいいか」という大切な部分を、1年間かけて学ばせていただきました。そしてその後、クライアントと直接関わることができるデザイン事務所に転職をしました。

クライアントのビジネスについて知識を深めようとさまざまな勉強会に参加していた矢先、その際に作成していた“視覚化したノート”がきっかけとなり、グラフィックレコーダーとしての第一歩を歩み始める。

―入社したデザイン事務所では、クライアントの近くでお仕事をされていらっしゃったと思いますが、実際にお仕事をされてみていかがでしたか?

清水:改めて確信したことは、クライアントの近くにいないと、クライアントが何を悩んでいるのかを正しく把握できないということでした。それと同時に、クライアントが近くにいるからといって全ての仕事がスムーズに進んでいくわけではない、ということも知ることができました。

どうしたら仕事がスムーズに進められるか、ビジネスについて理解しようと試行錯誤していた時期、私は多くの勉強会に足を運び、さまざまな知識を得ようとしていました。その中で、講義の内容をグラフィックでまとめたノートを作り、それをたまたまブログにUPしていたんです。そうしたらとある企業様から、「会議で視覚化した議事録を取ってもらえないか」というご依頼を受けました。

“議論や対話を視覚化すること”が、社会的にニーズがあることに驚きを感じると共に、ニーズがあることに対して「求められているのであれば」という思いから、議論や対話の可視化をテーマとするTokyo Graphic Recorderという活動を立ち上げ、さまざまなご依頼を受けるようになりました。その結果、視覚化のご依頼はもちろん、TV出演のご依頼まであったり…と、思いのほか反響があったんです。そのような状況を踏まえ、「これはかなりニーズがあることかもしれないから、本格的にやってみよう」と思い、その活動にもこれまで以上に注力するようになりました。

またちょうどその頃、勤めていたデザイン事務所の代表がスタイルを変えて活動することになり、私はその会社を卒業することになりました。それを機に、現在のヤフー株式会社に入社する運びとなったのです。

絵を描いているところ

―引き合いがある中で、なぜまた企業の社員として働くことを選ばれたのですか?