RWI_35_30

ユーザーが本当に求めているものをこの手で生み出したい――そんな想いを胸にキャリアを積み、議論を可視化するグラフィックレコーダーとしても活躍している女性UXデザイナー

清水 淳子さん 30代  UXデザイナー / グラフィックレコーダー
ヤフー株式会社
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
多摩美術大学卒業後、web制作会社に入社。その後、デザイン会社であるWATER DESIGNに入社する。2013年、ヤフー株式会社に入社。データ&サイエンスソリューション統括本部でユーザー体験を分析し、サービス改善に結びつける業務をおこなう。議論を可視化するTokyo Graphic Recorderとしても活動中。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ヤフー株式会社にてUXデザイナーとして活躍されている清水さん。また、企業の会議や議論をリアルタイムで可視化するTokyo Graphic Recorderでグラフィックレコーダーとしても活動する彼女に、ご自身のキャリアについて伺いました。

図工が大好きだった小中学生時代。自らの「好き」を将来に活かすべくデザイナーを志し、美術大学に進学。

―清水さんはなぜUXデザイナーを目指されたんですか?

清水:もともとUXデザイナーになりたいと思っていたわけではなく、幼少期からとにかく絵を描くことが好きだったんです。図工の時間が楽しくて仕方ない小中学生でしたね。デザインという世界を意識し始めたのは、その当時読んでいた雑誌の背表紙に、ファッションデザイナーになるための専門学校の広告が掲載されているのを見たことがきっかけでした。小学生ながら非常に憧れて、ファッションデザイナーになりたいという夢を持ったんです。

高校生になり、将来のことを真剣に考え始めた時に、果たして本当にファッションデザイナーになりたいのかを自問しました。そして、それは単なる漠然とした憧れで、本当に作りたい服があるわけではないことに気がついたんです。
そんな「さてどうしよう…?」という時に、原研哉さんの『デザインのデザイン』という本に出会いました。お恥ずかしい話ですが、この本を読んで初めて、 “デザイナー=ファッションデザイナー” ではなく、デザインとは世の中のさまざまな課題を解決する仕事であることを知りました。

とは言うものの、一生の仕事としてデザイナーを選ぶことに不安もあったのですが、本の最後に「デザインという世界は一見つかみがたいところがあって、流行やトレンドとともにふわふわと社会の中を漂っているように思われているふしがある。だから興味があっても、自分の一生を賭して入っていく世界ではないと考えられているのではないか。

デザインの世界はちゃんと地面に足をつけて歩いてゆける世界である。興味を持ったら、しっかりと地面を踏みしめて入ってきてほしい」と書かれていました。この強いメッセージから「デザイナーになろう!」と思い、多摩美術大学に進学しました。

卒業制作
(多摩美術大学での卒業制作 michi no oto 高速道路を走る車の映像を解析して、車が通ると音に変換される。)

―大学時代の清水さんは、「どのように仕事をしたい」という希望はお持ちだったんですか?

清水:大学時代は、様々な角度からデザインについて学ぶことが単純に楽しかったんです。なので卒業後の就職先については、「デザイン関係の仕事に就ければ」と漠然と思っていたので、自分の手で制作物を作ることができそうなweb制作会社に入社した、という経緯になります。

クライアントの意図を汲み取れない環境では、ユーザーの気持ちを理解できないままにデザインすることになる…それは自分が求めるデザイナー像とはかけ離れていた。

―ご入社されて、いかがでしたか?

清水:アシスタントデザイナーとして先輩のサポートからスタートしましたが、非常に楽しかったです。今思うと、この期間にたくさんのスキルを身に付けたのだと思っています。野球で言うと、選手として試合に出るというより、ひたすら筋トレをするような感覚ですね。デザイナーとしての手仕事をじっくりと磨くことができたこの経験は、とても貴重だったと思います。

ただ一方で、クライアントの声が直接聞こえにくい環境だったこともあり、その頃の私はユーザーの意見はおろか、クライアントの意図さえも理解し切れないまま、制作に取り掛かることが多々ありました。

もちろん、デザイナーとして手仕事を磨くことは非常に重要なのですが、もっとクライアントの近くで、“何の目的のために、どんなデザインが必要なのか?”ということを考えながら手を動かすようなスタイルで仕事をしてみたいと思うようになりました。

PC

―制作会社のデザイナーは、そういうお気持ちになられる方も少なくないと聞きます。
清水さんはどのようなデザイナーさんになりたいとお考えだったのですか? そして、そう思われた後はどうされたのですか?

清水:手仕事がみるみる上達していく代わりに、「本当にユーザーが必要としているデザインを生み出せているのか?」という葛藤がありました。そして、「ユーザーについて一番理解しているクライアントと、しっかりコンタクトを取れる環境に身を置きたい」と考えるようになりました。

ただ、そんな思いとは裏腹に、それらを実現できる程のスキルやノウハウは、私はまだ持ち合わせていませんでした。「クライアントは美しいデザインだけが欲しいわけではなく、ビジネス的な成果が確実に欲しい。」…それは理解していたつもりですが、デザインをビジネスに活かす方法が全く解らない上に、どこかの学校に入り直すお金もありませんでした。

そこで、元・博報堂のコピーライター小霜和也さんと、アートディレクター米村浩さんが無料で運営しているノープロブレム無料広告学校に応募しました。毎年10名の枠に対して、100名以上の応募がある人気の学校ですが、私は運よく入ることができたんです。そこで、「クリエイティブで、クライアントの求める成果を戦略的に生み出すためには具体的にどうしたらいいか」という大切な部分を、1年間かけて学ばせていただきました。そしてその後、クライアントと直接関わることができるデザイン事務所に転職をしました。

クライアントのビジネスについて知識を深めようとさまざまな勉強会に参加していた矢先、その際に作成していた“視覚化したノート”がきっかけとなり、グラフィックレコーダーとしての第一歩を歩み始める。

―入社したデザイン事務所では、クライアントの近くでお仕事をされていらっしゃったと思いますが、実際にお仕事をされてみていかがでしたか?

清水:改めて確信したことは、クライアントの近くにいないと、クライアントが何を悩んでいるのかを正しく把握できないということでした。それと同時に、クライアントが近くにいるからといって全ての仕事がスムーズに進んでいくわけではない、ということも知ることができました。

どうしたら仕事がスムーズに進められるか、ビジネスについて理解しようと試行錯誤していた時期、私は多くの勉強会に足を運び、さまざまな知識を得ようとしていました。その中で、講義の内容をグラフィックでまとめたノートを作り、それをたまたまブログにUPしていたんです。そうしたらとある企業様から、「会議で視覚化した議事録を取ってもらえないか」というご依頼を受けました。

“議論や対話を視覚化すること”が、社会的にニーズがあることに驚きを感じると共に、ニーズがあることに対して「求められているのであれば」という思いから、議論や対話の可視化をテーマとするTokyo Graphic Recorderという活動を立ち上げ、さまざまなご依頼を受けるようになりました。その結果、視覚化のご依頼はもちろん、TV出演のご依頼まであったり…と、思いのほか反響があったんです。そのような状況を踏まえ、「これはかなりニーズがあることかもしれないから、本格的にやってみよう」と思い、その活動にもこれまで以上に注力するようになりました。

またちょうどその頃、勤めていたデザイン事務所の代表がスタイルを変えて活動することになり、私はその会社を卒業することになりました。それを機に、現在のヤフー株式会社に入社する運びとなったのです。

絵を描いているところ

―引き合いがある中で、なぜまた企業の社員として働くことを選ばれたのですか?

清水:確かに、引き合いは想像以上にありました。ただその引き合いのほとんどは、まだまだその場を盛り上げるためのパフォーマンスとして、バックダンサーのようなポジションと見られていると思ったんです。

そもそもグラフィックレコーディングを始めた目的は、「いかにいいデザインを生み出すために使えるか?」ということでした。なので、グラフィックレコーディングというスキルを、その場限りのパフォーマンスの仕事にはしたくありませんでした。それよりもさまざまな事情を抱えている実際の会社や組織の中で、「グラフィックレコーディングが本当にデザインをよくできるのか?」、「一時的なものではなく、継続的に機能していくものなのか?」を試すことに興味がありました。

また、大企業に入社したのは「大企業ではどのように意思決定をしているのか」などの、組織的な構造や関係性を知りたいと思ったからです。というのも、デザイン事務所にいた頃、「結局、外部の人はうちの内情を知らないからね」というような具合で、適切な提案をできなかったことが多々ありました。そこで、「自分自身が直接組織に入り、大企業でデザイン業務を体験することで新しい発見を得られるかもしれない」と思ったんです。

―ちなみに、グラフィックレコーディングとは、“議論や対話を視覚化する”ということでしたが、具体的にはどのようなシーンで活用できるのですか?

清水:さまざまなシーンで活用できます。話題になりやすい活用方法は、先進的な取り組みを共有するカンファレンスでの対話を、リアルタイムに視覚化するという使い方です。

しかし私が一番推したい活用方法は、日常の会議です。議題に対して意見やアイディアを出していく中で、だんだんとその内容が煩雑になり、参加者同士で険悪なムードになってしまった経験はありませんか? そんな状況で、ただ文字だけを起こして議事録を作ることは、異なる価値観や職種の人々の思考を整理することはなかなか難しいです。そこでグラフィックレコーダーは、散らばっている論点や情報をひとつのボードにリアルタイムで視覚化していきます。リアルタイムに議論が反映されていくボードを参加者に見せることで、伝えにくい視点や視野のズレを提示し、参加者が快適に対話できる場に変えていく役割を担います。この一連の流れを『グラフィックレコーディング』と呼びます。

現在は、個人でTokyoGraphicRecorderとしてさまざまな場所で実験しつつ、ヤフー社内では「グラフィックレコーディング」の黒帯として活動してます。ちなみに「黒帯」は、『ある分野に対して突出したスキルを持つ、その分野の第一人者』に与えられる制度で、社内の技術課題の解決や社員の技術力の向上に貢献することがミッションです。現在の黒帯保持者の技術は、テクノロジーやプログラミング言語がほとんどなので、『グラフィックレコーディング』という未知の技術を、会社として力を入れるべき指定技術領域に認定していただけたことは本当に嬉しかったです。

※清水さん会議で『グラフィックレコーディング』を行う様子。

―現在ヤフー様ではどのようなお仕事をされているのですか?

清水:今は、クリエイティブサイエンス部という部署に所属しています。ここでは、ユーザーインタビューやデータ分析を通じて、ユーザーにとって使い心地のよいデザイン戦略を提案します。また、実践したUXデザインの事例を社外には発表したり、世界的なカンファレンスや学会に足を運ぶメンバーも多いです。そして、まだ一般的になっていない分析手法や新たなデザイン領域の知見を獲得するための研究に特に力を入れています。その部署で、私はUXデザイナーとして、データサイエンティストと協力し、ユーザーの行動や心の動きを分析しながらサービスに落とし込んでいくという業務をおこなっています。

―クリエイティブサイエンスのおもしろいところはどんなところですか?

清水:複雑な数値を整理、分析していくデータサイエンティストと日々会話できることが、とてもおもしろいです。データサイエンティストは、コンピュータサイエンスや統計学など、あらゆる分析手法を駆使し、膨大なデータを整理したり、仮説が妥当であるかを検証していきます。そしてその検証データを元に、次に起こすアクションの方法を導き出していきます。そのため、数値やロジカルな思考を起点に話を進めていくことが多いんです。

一方でデザイナーは、自らの感覚やフィーリングを起点に課題解決していくことが多いと思います。たとえば、「確かに情報としては正しいけど、何か気持ち悪く感じる」ですとか、「雰囲気はなんとなく心地いいんだけど、情報がわかりにくい」という感覚から課題を発見して、それを解決するための手法を、手を動かしながら考え、制作を進めていくという流れです。

両者とも最終的に「ユーザーにとって最高のものを作りたい」という想いは一緒なのですが、思考のスタート地点が真逆なので、完成するまでの過程で、衝突してしまうことはよくあります。

―衝突することもあるんですね!ちなみに、その時はどのような対策をおこなうのですか?

清水:相互理解が大切だと思うので、まず私とサイエンティストのリーダーと2人でミーティングをおこないます。そこで、「あの内容がまったく理解できなかった」など、取り繕うことなく正直に、現状を伝えるようにしますね。どうしても言葉だけで難しい場合は、グラフィックレコーディングで示したりもします。そうすることで、どこが一緒でどこが違ったのかが明確になり、理解し合い、お互いの仕事に尊敬と信頼が生まれていくのだと思います。

リーダー同士の目線があえば、その後メンバーにしっかり伝達もできて、チーム同士の仕事もうまく回るようになります。

一ひとつの場所にとどまらず、さまざまな環境で「デザインに何ができるのか?」を考え実践してきたこと――それぞれの場所で学んできたこと全てが、自分にとっての大事なデザインスキルとなっている。

―いろいろな会社でたくさんのご経験を積まれている清水さんですが、それぞれどのようなスキルが身についたと思われますか?

清水:新卒で入社した会社は、ひたすらコマンドキーを使いこなしながら、いかに作業ペースをあげ、分単位で制作物を完成させるかということを極めていました。当時は、修行のような仕事に嫌気が差していたこともありましたが、今振り返ってみるとこの時の経験のおかげで、ご依頼を頂いた時に「これはどのくらい時間がかかるデザインなのか?」というスケジュール予測の精度が上がり、今のディレクション能力に繋がっているように思います。

2社目のデザイン事務所では、デザインスキルだけではなく、社会人としての仕事の姿勢が身についたと思います。小規模な会社でもあったため、人との繋がりを大切にするという会社の方針がありました。クライアントに季節の贈りものをしたり、大切なクライアントとのミーティング後の接待で使うレストランを予約したり…人とどのようにコミュニケーションをとると円滑に仕事ができるのかということを学んだ期間でしたね。また、お金を扱う場面もあったので、「クライアントからご依頼いただいた案件について、いくらでお引き受けすることができるか」などの相場観なども、この時に身についたと思っています。

そして現在の事業会社であるヤフーでは、今までの学びを全て生かしつつ、“いかに俯瞰的に広い視野を持てるか”、“自分の専門外の職種や部署とスムーズに連携できるか”という2点について新たに鍛えられました。扱うものの規模、世の中に与える影響、責任が桁違いに大きい会社だと感じています。たまに不安にもなりますが、自分一人ではなく協力して進めていくチームプレイが、今はとても頼もしく楽しいです。

ロゴ前

これからも自分の視野を広げ、インプットをし続け、ユーザーのことを第一に考えたものづくりを実現していきたい。

―そんな清水さんの、今後の目標について教えていただけますか?

清水:教育機関や地方自治体など…今、デザインはさまざまな場所で必要とされていますが、まだまだその力は行き届いていません。ですので、デザイナー同士で固まっているのではなく、さまざまな業種の方と連携して、いろんな場所に“デザイン”という価値を届けていけるようなデザイナーになりたいと思っています。

ヤフーでは、ユーザーに対していいものを提供できる職場環境であるかということをとても大切にしているので、そのために「自分にできることは何か」を考えるようにしています。それを踏まえた上で、“自分にできること”として、『グラフィックレコーディング』をさまざまな場所で実践しつつ、効果を研究し、イベントやデザイン学会などを通して発信しています。

―制作会社から事業会社に移られて、ご自身の中で意識的に変えたところはありますか?

清水:制作会社では、制作物に一点集中するような感じでした。そのため視野は狭かったのですが、ただその一点に対しては深部にまで携わるような仕事の仕方をしていました。
事業会社に入り、デザインするにはマーケティング、プロダクト、経理など…いろんな部署の人たちとコミュニケーションをとる必要が出てきたので、視野を広げるためにデザイン業界以外の人に会える勉強会に行ったり、ビジネス関係の本を読んだりしました。「自分の好きなデザインのことだけ考えて生きていきたい」と思った結果、一周回り、勤勉になった感じですね。

―清水さんは、情報をどのようにインプットされているのですか?

清水:最近、視野が広くなった代わりに、ひとつのことを深く追求する時間がなくなってきたので、専門的な表現で作品を作っているクリエイターやアーティストには、意識的に触れるようにしていますね。美術館に行ったり、映画を見たり…今の自分にはできない表現を鑑賞して、ただリスペクトするだけでなく、「今、自分がいる場所で何ができるか?」を深く考えるのが好きです。

―休日はどのように過ごされていますか?

清水:先ほども出ましたが、「自分の好きなデザインのことだけ考えて生きていきたい」と思った結果、インプットしなくてはいけないことが爆発的に増えました。そのため、休日はそのインプットに時間を使うことが多いです。

現在は、グラフィックレコーディングの本を出すための執筆に注力してます。あとは、講演の依頼があると呼ばれるがままに九州や京都に行ったりですね。毎日、仕事と休日の境目がほとんどなく、「もう嫌だな、辞めたいな」と思う時もあります。でも、なんだかんだ毎日が小学校の図工の授業の時のような楽しい時間なので、このままずっとこんな日常を続けていくような気がします。